企業再編と労働契約-その2-

 ここで、前回の内容を少し整理してみると、会社の分割に伴う労働契約の承継に関する法律(労働契約承継法)は、その正式名称の通り、合併・営業譲渡には適用されません。
合併に関しては包括承継が原則と解されているので、雇用も当然に承継され、合併に伴う人員整理は判例によって確立された整理解雇法理によって妥当性が審査されることになります。労働条件についても、合併後に労働協約・就業規則を変更することによって行われてきました。これに対し、営業譲渡(会社法では「事業譲渡」)の場合には特定承継とされ、雇用が当然に承継されるとは言えず、一旦譲渡企業を退職させて譲受企業で採用するという雇用承継の手続がとられるのが一般です。この場合に特定労働者を承継しなかったことの是非が実務上しばしば争われてきたのです。


1.営業譲渡に関する代表的な学説

 古い学説では、明確に事業譲渡、合併又は分割の概念を区別しているのか判断しかねるところがあります。しかし、「労働契約関係は、使用者(企業主)が変更しても労務の内容に変更を生ずることはなく、使用者の義務についても、その履行は企業そのものによって保障され、雇用に伴う使用者と労務者との間の人的関係は、使用者の個人的要素には影響されず、いわば企業と労務者との関係と化しているから、何ら特別の変化を生じない。のみならず、企業は、その存立のために、その組織内配置された労務関係がそのまま継続することを要請する」(我妻 民法講義Ⅴ3)と言う労働契約関係観に立って理論構成を試みています。

我妻説:「現代の企業においては、一定の物的施設とそこに配置される労務とは相結合して一の有機的組織体を構成」しており、「企業の譲渡は、原則として、その企業内にある労務者に対する使用者の権利を包括的に譲渡する内容を含むのが常態となっている」から、
(1)企業の譲渡の合意は、原則として、それに伴う労働契約関係を包括的に譲渡する合意を含む、
(2)但し、明瞭な反対の特約があるときは、承継しないことができる(承継した上で譲受人の許で解約事由の有無が考慮されるのではなく、譲渡人との間の解約の問題となる)、
(3)右の契約が効力を生ずるためには、労働者の同意を必要としない。但し、労働者は譲受人に対して即時解約ができる(民法625条1項の修正的解釈)、
(債権各論中巻二 民法講義Ⅴ3 568頁)
 
石井説:「営業に関する債権債務などを一個の債権契約を以て譲渡するということ以上に営業の有機体性を認めていない商法のもとにおいて、企業代理人としての商業使用人のみならず、企業に使用される労働者たちをも企業の有機体的一体性のもとに総合して、これらの者の意思をも問題とするまでもなく、これらの労働者たちを営業の、いわば付属物的地位において把握することが可能であり、妥当であるかは、すこぶる疑問の余地が多いところであるといわねばならぬ」

の対立が見られました。


2.事業譲渡における労働契約の継承

(1)事業譲渡の基本

 会社法では、「営業」の譲渡等としていたのを「事業」の譲渡等に用語を改めました。「事業」とは、「営業用財産であるもの及び権利だけでなく、これに得意先関係、仕入れ先関係、販売の機会、営業上の秘訣、経営組織等経済的価値ある事実関係を加え」「一定の営業目的のために組織化され、有機的一体として機能する財産」と言われています。

 事業譲渡において権利義務の移転は、譲渡人と譲受人との間の債権契約において承継すべき権利義務の範囲を設定し、それに従って権利義務移転の手続きを行うことによって生じる承継(特定承継:個々の権利義務の個別的な合意による移転の総和として行われる承継)であるとされます。従って、権利義務は、譲渡会社と譲受会社の間の合意に加え、債務の移転について債権者の同意等を必要とする等、法律や契約に定められている譲渡の手続を経た上で個別に承継されることになります。

(2)事業譲渡と労働契約

 事業譲渡においては、労働契約の承継の法的性格も、基本的には、他の権利義務と同様に特定承継となります。従って、労働契約の承継については、譲渡会社と譲受会社間の個別の合意が必要とされるとともに、労働者の権利義務の一身専属性を定めた民法625条1項が適用され、承継には労働者の個別の同意が必要です。この場合、特定の労働契約を譲渡する以上、労働条件を含む契約内容もそのまま承継されると解されています。最近の裁判例や労働法の学説も営業譲渡の性格を特定承継と解して、労働契約の承継については、譲渡会社と譲受会社間の合意と労働者の同意を必要とする考え方が主流です。

 なお、実際は労働契約の譲渡及び労働契約内容の変更についての労働者の同意は同時に求められ、その際には、労働契約内容の変更についての労働者の同意が得られることを、譲渡会社と譲受会社間の合意において労働契約譲渡の効力発生の条件としたものが多いと見られます。この場合には、労働者が労働契約の譲渡についてのみ同意を与えても労働契約は譲渡されず、労働契約内容も変更されないと解されています。

(3)企業が事業譲渡をした後解散した場合(法人格否認法理)

 労働契約の承継については、民法625条1項が適用され、労働者の個別の同意を必要とすることから、「承継される不利益」が生ずる場合は想定されていません。一方、譲渡される労働者の範囲は譲渡人と譲受人との間の合意により画されることから、会社の意思のみにより、特定の労働者の労働契約を譲渡対象としないことが可能であるため、労働者によっては、「承継されない不利益」が生ずる場合が想定されます。また、これらの労働者については、従事していた職務が存在しなくなる可能性があるため、個々の労働者が従事していた職務と切り離される場合が想定されます。

 特に、企業がある事業を他企業に譲渡して解散した場合には、譲受人によって雇用されない労働者は行き場を失うことになるのですが、これについても、譲渡人と譲受人との間の権利義務の移転契約において、労働契約の承継の合意があったと解釈できるか否かによって処理されることとなり、その際の救済処理については、合意の推認等が用いられています。

 また、事業を譲渡して解散した場合であって、譲受人によって労働者の選別が行われ、かつ譲受人が解散した譲渡人の事業を実質的にそのまま引き継いでいる場合には、解散会社による解雇と譲受人による不採用は、整理解雇に類似した側面を有することになります。そこで、まず解散会社における解散による解雇を事業の実質的継続の故に無効とし、譲渡人との間で継続している雇用関係は、事業譲渡とともに譲受人に承継されるという処理をする裁判例が出てきています。この際、「新会社の設立→新会社への事業譲渡及び解散→新会社による解散会社の労働者の選別」について、整理解雇の法理を潜脱する方策としての「法人格の濫用」と評価せざるを得ず、解散会社による解雇と新会社による不採用は一体として整理解雇として扱われ、整理解雇の要件を具備しない場合、解雇無効とするという法人格否認法理を用いた救済処理が行われました。

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