メンタルヘルス_適応アプローチ再考

 「メンタルヘルスマネジメント入門」を読んで勉強している適応アプローチは、医療依存アプローチに対する概念で、うつ病などメンタル不調者の問題に、職場で指導的な地位にある管理職を中心に積極的に係わってその予防、早期発見又は復職などに一定の役割を果たしていこうとする考え方です。現実問題として、メンタル不調者が急増している状況ですし、職場のストレスが遠因となったと思われる奇妙な犯罪も一昔前に比べると頻発しているように思えます。企業社会がメンタルヘルス不調者の問題に対して、何らかの方策を取ろうとして動き出すのは至極当然の話です。

 しかしながら、人間社会が近代化すると共に、地縁や血縁、友情で深く結びついた伝統的社会形態であるゲマインシャフト(Gemeinschaft)からゲゼルシャフト(Gesellschaft)へと変遷していくということは、社会学の通説です。ゲゼルシャフト(Gesellschaft)は、独語で「社会」を意味する語であり、テンニースが提唱したゲマインシャフトに対する対概念で、近代国家や会社、大都市のように利害関係に基づいて人為的に作られた社会(利益社会)を指し、近代社会の特徴であるとされ、ゲマインシャフトとは対照的に、ゲゼルシャフトでは人間関係は疎遠になるのです。今日、会社の人間関係はゲゼルシャフト的なものだけにしたいという考えを持った管理職の方も大勢いると思われ、語弊があるかもしれませんが、ゲゼルシャフトの典型ともいえる会社に適応アプローチを持ち込むことには、そもそも困難が付きまとうのかもしれないということが考えられるのです。

 また、「銀座まるかん」の創業者斎藤一人さんは、著作の中でいじめの問題について先生に相談しても解決できずに取り返しのつかないことさえ起こってしまうことについて、「殴られた、お金を取られたというのは、警察が解決すべき問題です。子供のいじめが解決できないという人は、そのことに気づいていないのです。解決方法がまちがっているのです。」と述べています。これも世の中そう単純なものでもないので、個別具体的に見て判断する必要があるのでしょうが、「学校の問題」=「先生が解決すべき問題」と発想が硬直的になっているのであるならば、発想の転換ということが有効になることもあるのでしょう。メンタルヘルスについて言えば、「メンタル不調者」=「医師が解決すべき問題」という発想が硬直的ならば、適応アプローチに有効性が大いに認められるかもしれませんし、「職場のメンタル不調者」=「企業の管理、職場環境の問題」という発想だけでは、問題解決には至らないこともまた明白です。

 我が国は、元々農村を中心とした共同体社会であったと言われています。水田稲作農業は、農民が同じ周期で協力して働くことによって、生産性が高まるという性格の強い産業で、強固な地縁・血縁共同体の伝統を持った社会が形成され、強い共同体への帰属意識が育まれたのだと思います。そのような伝統的な意識の残滓は、近代化した後にも残っていたと思われ、つい一昔前まで大企業でさえ家族的な雰囲気を保持してきた側面があります。

 そして、仕組みとしては、ゲゼルシャフトの典型でありながら、伝統的共同体的な色彩を残した企業という存在が、年金制度からストレス軽減まで本来の「利益追求」という存在目的以外の役割を担ってきたために、比較的円滑に社会全体がうまく機能してきたのが我が国の特徴であったように思えます。この辺りは、大企業と中小企業で状況は異なると思われますので、個別の検証が必要で、一般論でくくるのはやや気が引けますが...

 今日顕在化している多くの問題は、我が国が成熟期から衰退期に入り、経済が成長しなくなったため、ゲゼルシャフトである企業がその存立基盤にかかわる「利益追求」に傾倒していかざるを得ない状況に追い込まれ、それ以外のことで四の五の言ってはいられない状態が生み出した結果ともいえるのだと思われます。

 そこで、問題解決のためには、何に指針を求めていくのか、“Mental Helth Management”と言い、欧米の理論や事例に範を求めるのか、はたまた、孔子や孫子の古典に戻るのか、一つだけの正解はないのだと思います。管理職は、各々ジタバタして個々人の「心」の中に正しい解答を求めていくしかないのだと思います。

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