豊田自動車の「主査」制度とは

 技術コンサルタントの湯之上隆氏は、かつて世界市場を制覇した日本の半導体産業が衰退した原因を様々な角度から分析し、将来につながる提言をされています。日立製作所の技術者だった湯之上氏は、我が国の半導体産業が衰退した一番の原因が経営能力の欠如に行き着くと考えておられるようです。すなわち、企業が競争に勝てるか負けるかは、正確に経営判断ができる人材がいるかいないか、究極的にはこの点にかかってくるということです。この論点について、現時点で世界一の自動車メーカーをGMやVWなどと争っている豊田自動車との比較で次のように解説しておられました。

 今日半導体産業は、高度に専門的に進化しており、我が国の電氣産業界においても、その道の専門家はいくらでもいて、他国に引けを取ることはないのです。しかし、量産体制の500余りにわたる工程のうち、専門家である技術者はその一部しか知り得ません。設計、プロセス開発、量産の全体像が過不足なく分かっている人材は、日立に限らずどのメーカーを見ても皆無だったということに湯之上氏は氣付いたそうです。この結果、電氣産業では、経営者が半導体の原価、市場、競合他社の動向などがどうなっているか、十分にわかっていない状況のまま経営が行われていたといいます。

 一方、自動車業界はどうかというと、自動車は製品自体が3万点にのぼる部品から成り立つ複雑な工業製品であり、当然半導体産業に見られたのと同じく専門化が進んでいます。しかし、衰退した半導体産業と異なる重要な仕組みが存在すると湯之上氏は指摘しています。それは、細分化され、高度に専門化している自動車生産及び販売の全体を束ねている「主査」という役割の存在です。主査は、車のすべての技術及び部品を把握しているばかりでなく、市場動向、顧客の状況、競合他社動向、原価情報などのすべてに精通し、専門家集団を束ねて彼らを自由自在に操る文字通り司令塔の役割を果たしています。豊田自動車における主査制度は、1953年に当時常務だった豊田英二氏が、戦闘機の開発の方法論を参考に導入した制度と言われています。だとすると、優れた人材育成制度であることは、既に60年以上の歴史によって実証されているとも言えます。 

 どうも豊田自動車という会社は、新人が入社してきたときから、地頭の優れた将来の主査候補を探し出し、戦略的に自動車を開発するために必要な素養の全てを身に着けさせるような経験を積ませ、経営のできる人材を育ててきた長い歴史を持っているようなのです。豊田といえば「改善」で、現場力ばかりが強調されてきたきらいはありますが、「改善」の前段階の生産工程全体を把握ということがしっかりとできており、その過程の司令塔となる個人が将来会社を担う経営者として育ってゆくという仕組みが抜かりなく作られていたことが見えてきます。同時に、「言うは易く、行うは難し」、大企業といえども次世代の経営者を内部で育てていくことがいかに困難であるか、シャープや東芝、同じ自動車産業でも三菱と、ごく最近の出来事を想起するだけで少々食傷氣味になるくらいです。ですが、企業経営にあたる者の会社全体を把握する能力が不足していて、単にある特定専門分野での実績だけという状況で、どうして厳しい国際競争に打ち勝つことができるのでしょうか、普通に考えれば誰でも分かることです。普通のことが普通にできないというのは、我々が解決していかねばならない永遠の課題なのかもしれません。

20160531_国立西洋美術館@上野_02


 

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