プチ鎖国の勧め

 月刊社労士の最新号に「人口減少社会における労働政策の課題」という記事が掲載されておりました。記事の出だしの部分を引用すると「現在の雇用情勢は、着実に改善が進んでおり、昨年12月の完全失業率は3.3%、有効求人倍率は1.27倍となっている。完全失業率は平成9年以来19年ぶり、有効求人倍率は平成4年以来24年ぶりの高い水準となっている。(中略)有効求人倍率が1倍を超えたのは、過去50年間に今回を含めて4回(高度成長期、バブル期、リーマン・ショック前、今回の4回)あるが、過去3回と異なるのは、今回は本格的な人口減少社会になってから初めて初めて迎えた1倍台だということである。」といっています。出ました人口減少社会という感じですが、この論稿では非正規雇用対策や労働力の効率的な移動について論じているのであって、外国人労働者に関しての記述はありません。

 とはいえ、人口減少社会の課題克服のために、昨今決まり文句のように唱和されているのが、グローバル化の推進ということです。その心は、「少子化・高齢化が進行し、人口減少社会が現実のものとなった今、国内市場は縮小していかざるを得ないのであって、企業は世界市場に打ってでなくては成長できない。」ということだろうと推定できます。グローバル化ということの定義は、人それぞれかもしれませんが、要は、「人、物、金、そして情報」の国境を可能な限り低くして、最終的にはなくしてしまおうということでしょう。以下、この順番で論じていきます。

 第一に、「人」です。1国のGDPは、人口と生産性に左右されますから、人口減少社会は、経済・社会にとって、明らかに負の効果をもたらすと考えられます。そこで、安易に外国人労働者の受け入れや移民政策を唱えたがる短慮な人たちが散見されます。労働市場が逼迫しつつある状況で、外国人労働者に関しては経済界が最も前のめりになっている印象を受けます。我が国は、いろいろと問題も指摘されている「外国人実習生制度」によって外国人労働者受け入れの方向に既に1歩踏み出しているといえます。

 しかし、自国民が敬遠する単純労働につかせるため、経済移民政策をこれまで行ってきた欧州で今何が起こっているか、我々日本国民はしっかりと認識しておく必要があります。古来、我が国は、外国人に対して国を全く閉ざしていたわけではありませんが、原則として渡来人は帰化という形で日本人と同化して参りました。ですから、我が国に永住することを決めた人々がいつまでも母国の言葉や風習を維持したまま、国の中に国を作るような動きは、基本的には最近まで皆無だったといってよいと思います。ところが、欧州で起こっている移民問題は、主に単純労働の担い手として流入した経済移民たちが一向に移住先に同化できず、国の中に国をつくってしまっているということから生じる、治安の悪化、社会保障費の増大などのありとあらゆる問題です。そもそも、社会保障制度とは、国民国家における同胞に対する連帯感から、困っている同胞のために税金や社会保障費を負担するのは当然のことだという潜在的な意識によって成り立つ仕組みです。欧州で同胞とはかけ離れた経済移民のために社会保障費を浪費するなと訴える政党が急速にその支持を伸ばしているのは、考えてみれば当たり前のことです。

 さらに、労働政策としての外国人労働者の受け入れは、日本人労働者の賃金を引き下げる最大の要因になってきます。日本人労働者全体の賃金の伸びが、誤った労働政策で抑えられ、結果的に消費の低迷が続けば、日本経済にとって非常にまずいことになります。目先の低賃金労働者を求める経営者にとっては、願ったりかなったりということですが、こういった労働者に日本人労働者に匹敵する技能や高い士気及び倫理観が期待できないことは火を見るより明らかであり、将来に大きな禍根を残す可能性について、経営者たるもの吟味しておく必要があります。

 第二に、「物」ですが、経済効率性を追求しすぎるあまり、安全保障についての配慮が忘れ去られてしまっては、やはり将来に禍根を残すといわざるを得ません。安全保障に直接的につながる産業は、政府が介入して保護するべきでしょう。農業、医療、通信、電力産業などは、その代表格といえます。物及びサーヴィスの広範な分野について、関税をなしにすることを目指すTPPは、国家の安全保障にとって、非常に危険な多国間協定であり、こういった動きに対しては、踏みとどまって静観するというのが正しい姿勢のように思われます。

 第三に、「金」、すなわち「金融」、「投資」のグローバル化の問題です。これも安全保障の問題が関係してくるかと思われますが、極端な例を挙げると、我が国を代表する大手銀行や家電産業が外資に買われてしまって、外国人投資家の利益最大化を最優先に業務が遂行されるようなことになったら、どのようなことが予想されるでしょうか。地場の大手銀行が外資に買収される事態は、亜細亜の国々ではすでに起こっていることですし、家電産業については、我が国でも既に起こっているのです。松下幸之助が唱えたパナソニックの綱領には「産業人たるの本分に徹し、社会生活の改善と向上を図り、世界文化の進展に寄与せんことを期す」とあります。また、出光佐三の出光興産は、経営の原点として「出光は、創業以来、『人間尊重』という考えを事業を通じて実践し、広く社会で期待され信頼される企業となることをめざしています。」とあります。日本企業が曲がりなりにも持ち続けてきた企業経営における崇高な理念は、企業をあたかも「物」のように売買するグローバル社会の中で維持していけるものなのか、大いなる疑問符を付けざるを得ないのです。

 さらに、戦後一貫して我が国が世界平和の本尊として崇め奉ってきた国連の実態がいかなるものであったのか、ここ数年かなり白日の下にさらされてきています。今年になって出された国連女子差別撤廃委員会の最終見解などは、日韓合意を「被害者を中心に据えたアプローチを採用していない」などと批判し、元慰安婦への金銭賠償や公式謝罪を含む「完全かつ効果的な賠償」を求めるなど、ひどいものであったばかりでなく、我が国の皇室の在り方についてまで内政干渉する意図さえあった非常識極まりない内容が草案段階で存在したことが明らかになっています。

 以上のような点を認識致せば、我が国の進むべき道は、いまだに喧しく唱えられるグローバル化、世界市場に打って出るなどといったものでは決してないことがわかります。そもそも、「世界市場に打って出る」、「亜細亜の成長を取り込む」とは、他国の成長を横から分け入って奪い取るといった発想が見え隠れする卑しいものである可能性すらあります。我が国の取るべき道は、世界情勢に関する情報はしっかりと入手分析できる体制を整えた上で、人、物、金の動きはしっかりと制御するプチ鎖国なのではないかと管見をめぐらす昨今です。

201603_河津桜@上野公園

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