パワハラと業務上の叱責_前田道路事件(松山地裁判決)

 先日、ハラスメントに関する社労仕向けの研修を受講して参ったのですが、○○ハラスメントという言葉が濫発される中、名称にはあまりこだわらず、人としての権利や尊厳が侵害されているか否かという視点で見て行くことにより、よりましな判断ができるだろうという結論でした。「本人が不快なセクハラと感じたならば、セクハラなのだ」いった類の解釈もさかんに喧伝されているようですが、社会通念及び合理的妥当性の観点から、じっくりと判断基準を熟考しておくべきことを痛感させられました。

 43歳の営業所長の自殺の原因が会社によるパワハラであるとして、不法行為及び債務不履行による損害賠償の請求が争われた前田道路事件を採り上げます。この事件では、労災認定において会社側が遺族の生活を第一にという方針で全面協力を行い、労災認定がなされましたが、その後遺族が会社に対して民事上の損害賠償請求の訴えを起こしたものです。1審の松山地裁は、自殺した営業所長の責任による過失相殺は是認したものの、遺族側の訴えをある程度まで認めて、会社側に損害賠償を命じましたが、控訴審では、1審判決を取消し、控訴を棄却しました。高裁判決は、上告審でも支持され、本件は訴えた遺族側の敗訴が確定しています。


1.事案の概要

 Y(被告、控訴人)の四国支店東予営業所長を務めていたAが、平成16年9月13日、同営業所内で自殺したことに関して、Aの相続人であるXら(原告、控訴人)が、Yに対し、Aの自殺は、上司から社会通念上許容される範囲を著しく超えた過剰なノルマ達成の強要や執拗な叱責を受けたことなどにより、心理的負荷を受けてうつ病を発症し、又は増悪させたためであるなどと主張して、
1.主位的に、不法行為(民法 715 条)に基づき、損害賠償金及び遅延損害金の支払を求めた。
また、Xらは、
2.予備的に、(1)恒常的な長時間労働、(2)計画目標の達成の強要、(3)有能な人材を配置するなどの支援の欠如、(4)A に対する叱責と架空出来高の改善命令、(5)業績検討会等における叱責、(6)メンタルヘルス対策の欠如等の債務不履行(安全配慮義務違反)に基づき、損害賠償金及び遅延損害金の支払を求めた。

 請求の金額は合わせて1億4500万円を超える額に上り、具体的には、以下のようなものでした。
1.不法行為に関する請求
  (1)原告X1に対し、7316万4397円及びこれに対する平成16年9月13日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払い。
  (2)原告X2に対し、7206万4397円及びこれに対する平成16年9月13日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払い。
2.債務不履行(安全配慮義務違反)に関する請求
  (1)原告X1に対し、7316万4397円及びこれに対する平成17年12月10日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払い。
  (2)原告X2に対し、7206万4397円及びこれに対する平成17年12月10日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払い。


2.解 説

(1)争 点

 パワハラが原因で営業所長が自殺した事件とされる本事案では、以下の点が争点となりました。
① 不法行為又は債務不履行(安全配慮義務違反)の有無
   ア 社会通念上正当と認められる職務上の業務命令の限界を著しく超えた過剰なノルマ達成の強要及び叱責の有無について
   イ 恒常的長時間労働、計画目標の達成強化、支援の欠如、叱責と改善命令、業績検討会における叱責等、安全配慮義務違反を根拠付ける事実の存否
② 相当因果関係の有無
  労災認定においては、Aの自殺とAの営業所長としての業務との相当因果関係が既に認められている。
③ 予見可能性の対象及びその有無
④ 損害額
⑤ 過失相殺の可否
  自殺の当時、営業所長であったAは、自ら作成した営業所の事業計画の達成状況を良好に見せるため、「不正経理」を行っており、Yからその一部を指摘され、その是正を求められていたが、1年以上も指摘された不正経理の是正を行わなかった。その上、不正経理の全容をYに開示することもなかった。

(2)判決要旨

① 不法行為又は債務不履行(安全配慮義務違反)の有無
 Xらは、Yは、Aに対し、社会通念上正当と認められる職務上の業務命令の限界を著しく超えた過剰なノルマ達成の強要又は執拗な叱責をしたと主張する。
  ア 認定した事実によれば、営業所は、独立採算を基本にしており、過去の実績を踏まえて翌年度の目標を立てて年間の事業計画書を作成していたこと、東予営業所の第79期の計画はAの前任者が作成したが、第80期の年間計画は東予営業所の過去の実績を踏まえてAが作成し、四国支店から、特に事業計画の変更要請はなかったことが明らかであり、東予営業所における営業環境が困難なものであることを考慮しても、当初の事業計画に基づく目標の達成に関しては、Yが、Aに対し、過剰なノルマ達成を強要したとは認められない。
  イ しかし、約1800万円の架空出来高を遅くとも会計年度の終わりまでに解消することを踏まえた上での事業計画の目標値は、年間業績で赤字を計上したこともあったことなど東予営業所を取り巻く営業環境に照らして達成困難な目標値であったというほかなく、平成16年のお盆以降に、毎朝工事日報を報告させて、その際ほかの職員が端から見て明らかに落ち込んだ様子を見せるに至るまで叱責したり、業績検討会の際に「会社を辞めれば済むと思っているかもしれないが、辞めても楽にならない」旨の発言をして叱責したことは、不正経理の改善や工事日報を報告するよう指導すること自体が正当な業務の範囲内に入ることを考慮しても、社会通念上許される業務上の指導の範疇を超えるものと評価せざるを得ないものであり、Aの自殺と叱責との間に相当因果関係があることなどを考慮すると、上記Aに対する上司の叱責などは過剰なノルマ達成の強要あるいは執拗な叱責として違法であるというべきである。

 Xらは、さらに、恒常的長時間労働、計画目標の達成強化、支援の欠如、叱責と改善命令、業績検討会等における叱責等を安全配慮義務違反を根拠付ける事実として主張する。この点、前記のとおり、不正経理是正に伴って設定された目標値が達成困難なものであり、不正経理是正等のためにAに対してなされた叱責は、過剰なノルマ達成の強要あるいは執拗な叱責として違法と評価せざるを得ないものであるから、これらが被告の安全配慮義務違反を基礎付ける事実に当たることは明らかであるので、その余の点について判断するまでもなくYの安全配慮義務違反を認めることができる。

② 相当因果関係の有無
 認定した事実によれば、Aは、東予営業所所長に就任後、自らの営業成績を仮装するために行った不正経理の是正のため、平成16年7月2日には四国支店に呼び出されて上司から叱責を受け、同年8月中旬以降からは早朝に工事日報を報告するよう指導され、日報報告の際に電話で叱責を受けることがあったこと、同年9月9日には東予営業所を訪れた四国支店長から業務遂行における改善指導を受け、同月10日に行われた四国支店上司が出席する業績検討会においても同上司らから不正経理の責任を取るのは所長である旨叱責・注意を受けたこと、同年8月中旬以降に作成された「怒られるのも、言い訳するのも、つかれました」との内容を記載した遺書を残して、前記業績検討会の3日後に自殺したことが明らかであり、遺書の内容や責任を追及する旨の叱責が行われた業績検討会に近接した時期に自殺が行われたことや遅くとも自殺の直前にはうつ病に罹患していたことを考慮すると、不正経理についての上司によるAに対する叱責・注意が、Aの死亡という結果を生じさせたと見るのが相当である。

③ 予見可能性の対象及びその有無
 労働者の疲労や心理的負荷等が過度に蓄積すると、労働者の心身の健康を損なう危険のあることは周知のところであること、Aの上司は、Aに対し、不正経理の是正等のため叱責等を繰り返し行っており、その中には社会通念上許される業務上の注意の範疇を超えるものと評価せざるを得ない叱責等もあること、会社を辞めても楽にはならない旨の発言をするなどAが会社を辞めなければならなくなる程度に苦しい立場にあること自体は認識していたこと、東予営業所の実情を調査せず、Aの申告による約1800万円の架空出来高の背後に更に大きな不正経理があることに気付かないまま、結果的には効果的ではなかった是正策を厳しく求めたことなどに照らすと、Aが心理的負荷から精神障害等を発症し自殺に至ることもあるということを予見することもできたというべきである。

 Yは、Aの上司らは、Aがうつ病に罹患していることやその兆候となる事実をAの上司らが認識していたとの事実は認められず、認識し得る事情もないと主張するが、前記にあげた事情を考慮すると、うつ病に罹患していることやその兆候なる事実を認識しあるいは認識可能でなかったとしても、自殺に至ることは予見可能であったというべきであるし、適切な調査をしておれば、更にその認識可能性はあったというべきであり、自殺に至ることも予見可能であったというべきである。

④損害額、⑤過失相殺の可否
 身体に対する加害行為を原因とする被害者の損害賠償請求において、裁判所は、加害者の賠償すべき額を決定するに当たり、損害を公平に分担させるという損害賠償法の理念に照らし、民法722条2項の過失相殺の規定を類推適用して、損害の発生又は拡大に寄与した被害者の性格等の心因的要因を一定の限度でしんしゃくすることができる(最高裁判所昭和59年(オ)第33号同63年4月21日第一小法廷判決・民集42巻4号243頁参照)。

 認定した事実によれば、Aの上司による叱責等はAが行った不正経理に端を発することや上司に隠匿していた不正経理がうつ病の発症に影響を及ぼしたと推認できることが明らかであり、これらの事情は損害の発生又は拡大に寄与した要因であると認められる。そして、一連の経緯の発端、東予営業所に関する経営状況、Aの上司の叱責等の内容、Aが隠匿していた不正経理の総額とそこに至った事情等を総合的に考慮すると、Aにおける過失割合は6割を下らないと認めるのが相当である

 以上によれば、Aに生じた損害額合計1億1701万4165円、原告X1に生じた損害額300万円及び原告X2に生じた損害額200万円についてそれぞれ6割の過失相殺を行うと、Aに生じた損害額は4680万5666円、原告X1は120万円、原告X2は80万円となる。原告らは、葬祭料115万7820円を受けており、これは損益相殺としてAに生じた損害額から控除すべきである。そうすると、Aに生じた損害額は4564万7846円となり、原告らはこれを2分の1ずつ相続するから、原告X1の損害額合計は2402万3923円、原告X2の損害額合計は2362万3923円となる。原告X1に対する労働者災害補償保険法60条、64条による遺族補償年金前払一時金の最高限度額は1929万7000円であり(そのうち、310万2957円は既に支給を受けたと認められる)、これは損益相殺として原告X1に生じた損害額から控除すべきである。結局、原告X1は、Yに対し、472万6923円を請求することができ、原告X2は、被告に対し、2362万3923円を請求することができることになる。

(3)控 訴

 当判決を受け、Xら及びYは、共に判決内容を不服として、控訴することになります。

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