逆境と胆力

 我が国の誇る自動車産業が再びリコール問題に揺れているようです。発端は、タカタが製造しているエアバッグに欠陥があったことが分かり、米国を中心に相次ぐ死傷事故と大規模なリコール(回収・無償修理)を引き起こしている問題です(タカタのエアバッグ問題で米議会公聴会、幹部に厳しい追及_11月21日)。タカタが生産するエアバックは、本田技研で約5割の車に使用されているそうで、ここのところ相次ぐリコールが指摘されていた同社の経営にも追打ちをかけることになりました(焦点:リコールの嵐に揺れるホンダ、役員OBも社長に苦言_11月17日)。

 そんな報道があったなと思っていたところ、月刊社労士の2012年9月号に掲載されていた作家の守屋淳氏が「胆力」という標題で書かれた記事を再読して考えさせられるところがありました。

 古典に詳しい守屋氏によれば、現代の経営者等は、一般的に「子供の頃から一生懸命勉強して、一流の大学から一流の会社に入り、そのまま経営者になる、というパターンを踏んだ人ばかり」です。こういう人は、平時ならば問題はないのですが、東日本大震災やその後の原発事故に象徴される胸突き三寸の局面で「まともな判断が出来ないし、体も動かない」のではないかと思わざるを得ないようなことがよく見られます。これとは正反対だったのが、明治維新を生き残った明治時代の政財界の指導者たちでした。

 要は、「胆力」の問題なのですが、「胆力」は、明治維新のような逆境や危機の経験によって大いに養われるようです。そして、そのような経験を得にくい現代において、「胆力」はいかにして養われるものなのか。守屋氏によれば、後継経営者の場合、それは会社が潰れない程度の新規事業などに手を出しての手痛い失敗の経験なのだそうです。また、個人の場合、お勧めではないがとの前置き付きで、一つの考え方として「ギャンブル」の効用を上げています。その心は、「庶民がギャンブルをすると勝とうと思ってしまいます。しかし、紳士のギャンブルは、負けるためにするのです。(中略) 負けるためにギャンブルをするなんて、そんな馬鹿なことがあるものか、と思われるかもしれませんが、けれども紳士たちは、負けることによって、負けても平気でいられるだけの胆力を養っているのです。」

 本田技研やタカタの経営者にとって、今回のリコール問題がそのような「胆力」を養う機会で収束してくれることを祈りたいものです。既にトヨタ自動車の豊田章男社長は、同様の逆境を乗り越えられて、常人を超える胆力の持ち主であることは疑いようのないところでしょう。今月は衆議院の解散が決まり、来月には選挙が予定されていますが、逆境を乗り越えた経験を持つ政治家に我が国の将来を託したいものです。

 そして、もう一つ氣になっている点が、日本企業の海外直接投資の問題です。これは、市場が世界に拡がる中で、自動車産業などの場合には、止むを得ない「必要悪」という側面があることを承知の上で敢えて管見を申し述べるとすれば、「物に魂が宿ると考える日本的物づくり」を外国人に修得させることは、至難の業であり、ほとんど不可能に近いと思い知ることです。対米国ドル最高値75円32銭まで行った極端な円高が、製造業に国内生産の縮小と現地生産の促進を余儀なくさせたこの10年余り、その成否について十分検討してみる時期に来ているように思えます(特別リポート:タカタ欠陥エアバッグ、尾を引く「メキシコの誤算」_11月22日)。

=== 「焦点:リコールの嵐に揺れるホンダ」 より一部転載 ===

 元役員の1人は、相次ぐリコールは2009年の就任後に伊東社長が決断した新たな部品調達戦略に一部、起因しているのではないか、ともみている。世界中に工場を持つメガサプライヤーから部品を大量かつ安価で調達しコスト削減を目指すというもので、系列サプライヤーから調達する、長年続けてきた従来の方法とは対極にある。これまでなら阿吽(あうん)の呼吸でできたことが、メガサプライヤーとの新たな取り組みが増え、「エンジニアたちが、あまりにも多くの仕事を抱え込み過ぎたのではないか」(元役員)と指摘する。

=== 転載 終わり ===

201410_上野不忍池秋日

コメント

非公開コメント

トラックバック

http://yokoteoffice.blog130.fc2.com/tb.php/410-313bc29a