賭博罪

大相撲は、古き良き伝統を守りつつ、成果主義は言うに及ばず、外国人力士への門戸開放及びWimbledon化の容認など極めて先進的な側面も見せてくれる非常に面白い世界だと思っていました。昨年は、横綱朝青龍の引退騒動で、横綱を日本相撲協会に所属する幹部社員とみなした場合、「解雇」の問題としてどのように捉えればよいのかなど、社労士的にも面白い課題を提供してくれています。

さて今回は、賭博罪が問題になっているようです。改めて賭博罪の基礎知識をおさらいしてみますと、我が国の刑法体系では、賭博行為をかなり厳しく規制していると言えます。以下刑法の該当条文とWikipediaからの解説を引用しておきます。

(賭博)
第185条 賭博をした者は、50万円以下の罰金又は科料に処する。ただし、一時の娯楽に供する物を賭けたにとどまるときは、この限りでない。

(常習賭博及び賭博場開張等図利)
第186条 常習として賭博をした者は、3年以下の懲役に処する。
2 賭博場を開張し、又は博徒を結合して利益を図った者は、3月以上5年以下の懲役に処する。


===Wikipediaより===

賭博の保護法益については、公序良俗、すなわち健全な経済活動及び勤労と、副次的犯罪の防止であるとしています(判例・通説:最大判昭和25年11月22日刑集4巻11号2380頁)。具体的には国民の射幸心を煽り、勤労の美風を損い、国民経済に影響を及ぼすからと説明されています。他人の財産を保護法益とする説もあります。

既遂時期は、判例によれば、賭博罪は挙動犯であり、財物を賭けて勝者に交付することを予約するだけで既遂に達するとされています。具体的には、賭銭を場に出し、花札を配布すれば、たとえそれが親を決めるためであっても既遂となります(最判昭和23年7月8日刑集2巻8号822頁)。

===引用終わり===


どういう場合に賭博罪が成立し、どういう場合が賭博罪にならないのか、方式、賭けるもの、お金を賭ける場合の金額の多寡など、微妙な問題が多いと思います。特に分からないのは「一時の娯楽に供する物を賭けた」という文言の解釈です。そのあたりの論点については次のような議論があります。

===Wikipediaより===

賭博罪が成立するためには、当事者双方が危険を負担すること、つまり、当事者双方が損をするリスクを負うものであることを要する。従って、パーティーなどでよく行われるビンゴゲームのような、当事者の一方が景品を用意するだけで片方は負けても損をしない場合には賭博には当たらない。

可罰的違法性
常習性のない、極めて少額を賭けることまで禁止するのは、パターナリズム(paternalism:父権主義)の行き過ぎであり、多少の自己決定権は認められるべきであるする考え方が有力である。この考え方は、保護法益を他人の財産とする説と結びつきやすい。

一時の娯楽に供する物
判例・通説によれば、関係者が一時娯楽のために消費する物をいう(大判昭和4年2月18日法律新聞2970号9頁)。具体的には、缶ジュースや食事などが挙げられる。また、これらの物を費用を負担させるために金銭を支出させた場合、賭博罪を構成しない(大判大正2年11月19日刑録19輯1253頁)。一方、金銭そのものは、一時の娯楽に供するものとはいえない(最判昭和23年10月7日刑集2巻11号1289頁)。

===引用終わり===


賭博罪の保護法益が公序良俗であるとすると、可罰的違法性の議論をあまり強調することはできないと思われます。やっている本人達は遊び程度の金額のつもりでも、賭博罪の構成要件該当性を満たしてしまえば、違法性阻却の議論の余地はあまり考慮されないのではないかと思われます。やはり、事業所内で高校野球などを対象に形式が賭博罪を構成するような行為を行うことは避けるべきであり、どういった行為が賭博罪を構成するのか、周知するには今回の大相撲界の醜聞発覚がよい機会なのかもしれません。

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