腕時計端末と天才の継承

 代表的IT企業のApple社が、重陽の節句の9日、腕時計型端末「Apple Watch」を発表したと伝えられています。日本経済新聞電子版によれば、「Apple社が新分野の製品を発表するのは2010年のタブレット『iPad(アイパッド)』以来4年ぶり。腕時計型端末は韓国サムスン電子やソニーなどが先行しているが、デザインや機能で『アップルらしさ』を前面に打ち出して追い上げる。」(米アップル、腕時計型端末を発表)とのことで、記事でも指摘されている通り、腕時計型端末の発想は、同社が一番手というわけではないようです。

 腕時計端末の他、新型iPhoneの発表もあったこの日の発表会を受けて、Apple社の株価は一時は4.8%高まで上昇しましたが、最終的には0.4%安で引けた模様です。単なる材料出尽くし感からの売りかもしれませんが、天才的経営者を失ってから、同社の勢いが衰えつつあるのではないかという感想をどうしても抱いてしまいます。Apple社の株価は、Steve Jobs氏が亡くなった2011年10月頃は55ドル前後(株式分割調整後価格)、その後も2012年は100ドル前後まで株価が上昇を続けました。その後は下落局面に入り、2013年になって60ドルを割って底打ちした後、再上昇過程が始まり、現在は再び100ドル前後の水準を保っています。

 それにしても、天才的リーダーをいただいた組織が事業継承していくことの困難さは、想像に難くありません。このことを考えるとすぐに思い浮かんでくるのが、幾人かの戦国大名の名前です。日本の戦国時代は、正に大きな変革の時代の一つだったことに異論のある人は少ないと思います。その変革期に颯爽と登場した天才肌の戦国大名は2人いると思っています。1人は織田信長、もう1人は、上杉謙信です。両者の経営理念とでも言うべきものは、「天下布武」を掲げて天下人を明確に目指した信長と、あくまで「義戦」を信条にしながら生涯会戦無敗を誇った謙信とでは全く異なります。

 ところが、この2人には、戦国時代に「平」氏を称していたという共通点があります。このことは、平氏が武家の一方の棟梁であったとはいえ、端から「征夷大将軍」の地位は望まないという宣言に等しいものです。今となっては想像の域を出ることは困難ですが、信長にしてみれば、天下を統一してその権力を握るのに、旧来の慣習や「征夷大将軍」の地位など打破する対象でしかなかったのかもしれません。一方、保守派の謙信にしてみれば、伝統的な秩序は守られるべきものであり、自ら征夷大将軍に取って代わることは思いもよらないことだったのかもしれません。

 また、従来にない画期的な戦術や施策を合議などに頼らずに湯水の湧くがごとくに思いつく点も2人の共通点です。信長についていえば、諜報戦の有用性に氣付くことで最大の危機を乗り切った「桶狭間の戦い」、鉄砲の連射戦術を用いたとされる「長篠の戦い」、領域内の産業振興を目的にした「楽市楽座」の創設など枚挙に暇がありません。謙信に関しては、信長に見られるような革新性は思い浮かびませんが、彼の無敵の戦術は1人毘沙門堂にこもって考えたものと伝えられ、会戦においては戦国最強、生涯無敗を誇ったことは、正に天才のなせる業の典型です。天才のみが思いつく閃きを継承することなどどう考えても不可能なことです。

 この2人とは対照的に映るのが、甲斐の武田信玄です。武田家は、甲斐源氏嫡流の名門で、源氏を称する以上、天下に号令をかける武家の棟梁「征夷大将軍」を目指し、領土拡張が武田軍の戦いでした。信玄自身、優れた武将、政治家、かつ教養人でありましたが、武田家はしっかりとした組織集団でもあり、戦術や施策について合議制の仕組みを整えていたようです。つまり、リーダーが交代したとしても、その後を安定させることが可能な仕組みが構築されていたということです。このことは、最終的に天下人に登りつめた徳川家康が滅亡した武田家の遺臣を多く召抱えて、信玄の政治手法や組織作りを大いに手本にしたという説があることからも伺えます。

 面白いことに、謙信時代に天才肌のリーダーのカリスマに頼っていたと思われる上杉家は、謙信が没した後も戦国時代を生き抜き、一方、合議制など組織が生き残るための合理的な仕組みが構築されていたはずの武田家は、織田信長の天才に敗れ去った戦いをきっかけに滅亡する運命をたどることになります。とはいえ、上杉家においても、後継者の景勝の周りには、優秀な武家の子弟達が集められ、親元を離れて景勝と寝食を共にしながら教育を施されるなど、権力の継承と次世代育成のための施策は講じられていたようです。

 結論としては、天才肌のカリスマリーダーが君臨する組織は、そうではない組織に比べて事業継承の困難さがとかく強調されがちなものですが、そんなことは元々自明のことですので、それなりの組織であれば、組織自体の自衛本能が働いて事業継承の準備をそれなりに進めていくものです。それなりの準備というのは、第一に人材の育成、第二に仕組みつくりということになるのでしょう。天才肌のカリスマリーダーが組織から退くときまでに、この2つがそれなりにできていれば、生き残るための「人事は尽くした」ということになるのではないでしょうか。

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