競業避止義務_フォセコ・ジャパン・リミティッド事件

 競業避止義務とは、従業員又は退職者が、使用者との競業関係にある他社に就職したり、競業関係に立つ事業を開業したりしない義務のことです。営業所の支配人及び株式会社の取締役の競業避止義務については、それぞれ商法23条及び会社法356条に規定がありますが、一般の従業員に関する法律の規定はありません。会社の重要秘密技術に関与していた従業員が、退職後に競業避止義務違反の事業に従事したとして争われた事例、フォセコ・ジャパン・リミテッド事件(奈良地裁昭和45年10月23日判決)を採り上げてみました。


1.事案の概要

 X社は、金属の鋳造に関して使用する種々の化学物質の製造販売を業とする会社です。Y1及びY2は、過去10年余にわたってX社の研究部門に勤務しており、それぞれX社の重要秘密技術に関与していました。Y1及びY2は、
(1)雇用契約存続中、終了後を問わず、業務上知りえた秘密を他に漏洩しないこと、
(2)雇用契約終了後満2年間X社と競業関係にある一切の企業に直接にも、間接にも関係しないこと、
という趣旨の契約(以下、本件特約という。)を締結していました。また、X社はY1及びY2に対し特別の機密保持手当を支給していました。

 ところが、Y1及びY2は、昭和44年6月に相次いでX社を退職し、同年8月29日、X社と同業のA社が設立されると同時に、同社の取締役に就任しました。A社の製品は全てX社の製品と競合し、X社の得意先に対してX社と同様の営業品目の製造販売を行っていました。X社は、Y1及びY2に対して、A社の事業はY1及びY2がX社に在職している間に業務上知りえた技術的秘密に基づいていることは明らかであるとして、本件特約に基づきY1及びY2の行為の差止めを求めて提訴したものです。


2.解 説

(1)判決の要旨

 請求認容

 「一般に雇用関係において、その就職に際して、あるいは在職中において、本件特約のような退職後における競業避止義務を含むような特約が結ばれることはしばしば行われることであるが、被用者に対し、退職後特定の職業につくことを禁ずるいわゆる競業禁止の特約は経済的弱者である被用者から生計の道を奪い、その生存を脅かす虞れがあると同時に被用者の職業選択の自由を制限し、又競争の制限による不当な独占の発生する虞れ等を伴うからその特約締結につき合理的な事情の存在することの立証がないときは一応営業の自由に対する干渉とみなされ、特にその特約が単に競争者の排除、抑制を目的とする場合には、公序良俗に反し無効であることは明らかである。」

 「被用者は、雇用中、様々の経験により、多くの知識・技能を修得することがあるが、これらが当時の同一業種の営業において普遍的なものである場合、即ち、被用者が他の使用者のもとにあっても同様に習得できるであろう一般的知識・技能を獲得したに止まる場合には、それらは被用者の一種の主観的財産を構成するのであってそのような知識・技能は被用者は雇用終了後大いにこれを活用して差し支えなく、これを禁ずることは単純な競争の制限にほかならず被用者の職業選択の自由を不当に制限するものであって公序良俗に反するというべきである。」

 「しかしながら、当該使用者のみが有する特殊な知識は使用者にとり一種の客観的財産であり、他人に譲渡しうる価値を有する点において右に述べた一般的知識・技能と全く性質を異にするものであり、これらはいわゆる営業上の秘密として営業の自由と並んで共に保護されるべき法益というべく、そのため一定の範囲において被用者の競業を禁ずる特約を結ぶことは十分合理性があるものというべきである。」

 「このような営業上の秘密としては、顧客等の人的関係、製品製造上の材料、製法等に関する技術的秘密等が考えられ、」「従ってこのような技術的秘密の開発・改良にも企業は大きな努力を払っているものであって、右のような技術的秘密は当該企業の重要な財産を構成するのである。従って右のような技術的秘密を保護するために当該使用者の営業の秘密を知り得る立場にある者、例えば技術の中枢部にタッチする職員に秘密保持義務を負わせ、又右秘密保持義務を実質的に担保するために退職後における一定期間、競業避止義務を負わせることは適法・有効と解するのを相当とする。」
 
 「Y1及びY2は、X社の技術的秘密を知り、知るべき地位にあつたと言うことができる。」

 「そしてY1及びY2が昭和44年6月X社を退職すると、まもなく、同年8月29日にA社が設立され、両名は取締役となり、直ちにX社製品と同様の製品の製造販売活動を行っていること前認定のとおりであるのでY1及びY2の有する知識がA社において大きな役割を果していることは十分推認できるところであり、従って、Y1及びY2は、競業者たるA社に対し、X社の営業の秘密を漏洩し、或いは必然的に漏洩すべき立場にあると言え、X社は本件特約に基いてY1及びY2の競業行為を差止める権利を有するものといえる。

 「競業の制限が合理的範囲を超え、Y1及びY2の職業選択の自由等を不当に拘束し、同人の生存を脅かす場合には、その制限は、公序良俗に反し無効となることは言うまでもないが、この合理的範囲を確定するにあたっては、制限の期間、場所的範囲、制限の対象となる職種の範囲、代償の有無等について、X社の利益(企業秘密の保護)、Y1及びY2の不利益(転職、再就職の不自由)及び社会的利害(独占集中の虞れ、それに伴う一般消費者の利害)の3つの視点に立って慎重に検討していくことを要するところ、本件契約は制限期間は2年間という比較的短期間であり、制限の対象職種は債権者の営業目的である金属鋳造用副資材の製造販売と競業関係にある企業というのであって、X社の営業が化学金属工業の特殊な分野であることを考えると制限の対象は比較的狭いこと、場所的には無制限であるが、これはX社の営業の秘密が技術的秘密である以上やむをえないと考えられ、退職後の制限に対する代償は支給されていないが、在職中、機密保持手当がY1及びY2に支給されていたこと既に判示したとおりであり、これらの事情を総合するときは、本件契約の競業の制限は合理的な範囲を超えているとは言い難」い。


(2)競業避止義務の特約等

 一般従業員の競業避止義務は、労働契約が締結されている以上、信義誠実の原則(労働契約法3条4項)に基づき、使用者の利益に著しく反する競業行為は、差控える義務があると考えられます。従って、在職中であれば、一般の従業員も競業避止義務の責を負うと考えてよいでしょう。ただし、労働契約存続中であっても、競業避止義務違反に対して懲戒処分を行う場合には、就業規則に懲戒事由として「競業避止義務違反」を明示しておく必要があります。

 問題は、退職後の競業避止義務違反です。退職後に従業員であった者が、退職する以前の労働契約に基づいて競業避止義務の責を負うことは原則としてありません。きわめて悪質な営業秘密の使用について不正競争防止法が適用される場合がある程度です。従って、本事案でも論点になっていましたが、競業避止義務に関する特約の締結について論じられることになるのです。


(3)競業避止義務の特約の有効性

 特約を締結した場合のその有効性について、本判決では、「職業選択の自由」との関係で「特約締結につき合理的な事情の存在することの立証がないときは営業の自由に対する干渉とみなされ、特にその特約が単に競争者の排除、抑制を目的とする場合には、公序良俗に反し無効である」として無制限に認められるものではないことを確認した上で、合理的範囲を確定するにあたつては、

 ①制限の期間、
 ②場所的範囲、
 ③制限の対象となる職種の範囲、
 ④代償の有無等

 の各要素について、使用者の利益(企業秘密の保護)、元従業員の不利益(転職、再就職の不自由)及び社会的利害(独占集中の虞れ、それに伴う一般消費者の利害)の3つの視点に立って慎重に検討していくことを要すると述べています。


(4)競業避止義務違反に対する損害賠償

 競業避止義務違反に対する損害賠償請求も退職者に関しては認められていると考えられます。この場合、損害額の立証は通常困難なことが予想されますので、義務違反時に退職者が支払わなければならない違約金の金額を特約で定めておくこともできます。労働基準法16条は、「労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償を予定する契約」を禁じ、違反者に6箇月以下の懲役又は30万円以下の罰金を科していますが、16条の趣旨から退職後の特約は労働契約には該当しないと考えられ、罰則の適用もないと考えられます。

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