解雇権濫用_高知放送事件

 ときおり、我が国の労働慣行は終身雇用が原則で解雇について非常に制限的であるのは、労働市場の活性化、国際競争力の強化といった観点から問題が大きいという指摘を耳にすることがあります。これは主に欧米の労働市場との比較から、いわれる批判なのでしょうが、個人主義よりは村社会的な共同体所属願望が根強く残る伝統や文化が根っこのところにあるものと思われます。この強い共同体意識は、必ずしも個人主義的価値観に取って替わられるべきものではないといえます。とりわけ、リーマンショック以降の新自由主義的経済政策の行き詰まり状態から見えてくるのは、欧米流の個人主義の限界ではないかとささやかれる今日においてはです。また、企業にとっても業務に習熟した労働者が定着し、余程のことがない限り村八分(解雇)されることを心配しないですむかわりに、企業の存続に応分の責任を分担してまじめに働くというような社会規範や慣行が不都合なものであるはずはありません。というわけで、最高裁昭和52年1月31日第二小法廷判決を採り上げ、我が国独特の土壌の中で判例法として積上げられてきた「解雇権濫用法理」の解説を試みたいと思います。


1.事案の概要

 Xは、放送事業を営むY社のアナウンサーでした。Xは、昭和42年2月22日から翌23日にかけて訴外A(ファックス担当放送記者)とともに宿直勤務に従事していましたが、23日に担当する午前6時から始まる定時ラジオニュースを寝過ごしてしまい、放送することができなくなりました(第1の事故)。さらに、同年3月7日から翌8日にかけて訴外B(ファックス担当放送記者)とともに宿直勤務に従事していましたが、8日に担当する午前6時から始まる定時ラジオニュースをやはり寝過ごしてしまい、5分間放送することができなくなりました(第2の事故)。また、Xは2度目の放送事故を直ちに上司に報告せず、後に事故報告書を提出した際に事実と異なる報告をしていました。

 Y社は、上記Xの行為につき、就業規則15条3項の「その他、前各号に準ずる程度の巳むをえない事由があるとき」との普通解雇事由を適用してXを普通解雇しました。なお、就業規則15条1項には「精神又は身体の障害により業務に耐えられないとき」、第2項には「天災事変その他巳むをえない事由のため事業の継続が不可能となつたとき」と規定されていました。

 本件は、上記解雇に対して、XがY社の従業員としての地位確認等を求めては提訴し、第1審判決及び控訴審判決がともにXの請求を認容したために、Y社が上告したものです。


2.解 説

(1)判決の要旨

 上告棄却。

 Xの行為はY社の就業規則15条3項所定の普通解雇事由に該当する。「しかしながら、普通解雇事由がある場合においても、使用者は常に解雇しうるものではなく、当該具体的な事情のもとにおいて、解雇に処することが著しく不合理であり、社会通念上相当なものとして是認することができないときには、当該解雇の意思表示は、解雇権の濫用として無効になるものというべきである。

 「Xの起こした第1、第2事故は、定時放送を使命とするY社の対外的信用を著しく失墜するものであり、また、Xが寝過しという同一態様に基づき特に2週間内に2度も同様の事故を起こしたことは、アナウンサーとしての責任感に欠け、更に、第2事故直後においては卒直に自己の非を認めなかった等の点を考慮すると、Xに非がないということはできない」

 「他面、原審が確定した事実によれば、本件事故は、いずれもXの寝過しという過失行為によって発生したものであって、悪意ないし故意によるものではなく、また、通常は、フアックス担当者が先に起きアナウンサーを起こすことになっていたところ、本件第1、第2事故ともフアックス担当者においても寝過し、定時にXを起こしてニュース原稿を手交しなかつたのであり、事故発生につきXのみを責めるのは酷であること、」

 「Xは、第1事故については直ちに謝罪し、第2事故については起床後一刻も早くスタジオ入りすべく努力したこと、第1、第2事故とも寝過しによる放送の空白時間はさほど長時間とはいえないこと、Y社において早朝のニュース放送の万全を期すべき何らの措置も講じていなかったこと、事実と異な事故報告書を提出した点についても、一階通路ドアの開閉状況にXの誤解があり、また短期間内に2度の放送事故を起こし気後れしていたことを考えると、右の点を強く責めることはできないこと、」

 「被上告人はこれまで放送事故歴がなく、平素の勤務成績も別段悪くないこと、」

 「第2事故のフアックス担当者Bはけん責処分に処せられたにすぎないこと、Y社においては従前放送事故を理由に解雇された事例はなかつたこと、第2事故についても結局は自己の非を認めて謝罪の意を表明していること、」

 「右のような事情のもとにおいて、Xに対し解雇をもってのぞむことは、いささか苛酷にすぎ、合理性を欠くうらみなしとせず、必ずしも社会的に相当なものとして是認することはできないと考えられる余地がある。したがって、本件解雇の意思表示を解雇権の濫用として無効とした原審の判断は、結局、正当と認められる。」

(2)解雇権濫用説の本質

 民法は623条から631条にかけて雇用契約について定め、627条において「当事者が雇用の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができる。この場合において、雇用は、解約の申入れの日から2週間を経過することによって終了する。」と規定しています。この条文は、雇用契約の当事者からの解約の申入れは、一方的な法律行為であり、その効果は雇用契約を「2週間を経過することによって終了」させることができるというものです。解約の申入れは、労働者側から行う場合、任意退職又は辞職と呼ばれ、使用者が行う場合には解雇と言って区別されます。

 しかし、契約自由を大原則とする民法典は、今日では労働者の保護を目的とした労働法によって制約が課されるようになっています。それでは、労働法の規範による制限に違反しない限り、使用者は労働者を自由に解雇することできるのか否かについて、学説は、解雇自由説、正当事由説、及び解雇権濫用説の対立があるとされています。判例は、解雇の自由を原則的には認めた上で、私権行使一般に通じる権利濫用法理を積極的に適用して、解雇の自由を縮減し、限定していく立場、解雇権濫用説を採用してきています。

 解雇権濫用法理は判例規範として確立、平成15年(2003年)の労働基準法改正で条文化され、平成19年(2007年)11月に労働契約法が成立すると、その条文のまま労働契約法16条に移管・継承されています。

(3)解雇するために必要な要件

 それでは、労働契約法16条にある「客観的に合理的な理由」とは何か、これまでの判例で明らかになっているのは、大きく分けて次の3つとされています。

 ①労働者の労務提供の不能並びに労働能力又は適格性の欠如・喪失
 ②労働者の本来は懲戒解雇とすべきほどの規律違反行為
 ③経営上の必要性に基づく事由

 これらの事由は、懲戒解雇事由とは別に普通解雇事由として通常就業規則に列挙されています。しかし、就業規則の普通解雇事由に該当し、「客観的に合理的な理由」があるとしても、「社会通念上相当であると認められない場合」解雇は無効とされます。この解雇の「社会通念上の相当性」とは、一般的には解雇の事由が重大な程度に達しており、解雇以外に他に手段がなく、かつ労働者の側に斟酌されるべき事情がほとんどない場合にのみ認められるものとされています。

(4)解雇無効の効果

 解雇無効の法律効果は、解雇がなかったものとして労働契約が存続することであり、裁判所からは労働者が労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する判決が下されます。また、解雇期間中については、使用者には民法536条2項「債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債務者は、反対給付を受ける権利を失わない。」(危険負担の法理)に基づき賃金の遡及払いの義務が生じてきます。

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コメント

No title

何か、睡魔を催す、何かの仕掛け、罠に陥れられた
ということはないのか?
変だと思わないか?
他には事故がなかった訳だ。

2017年05月15日 21:35 from 匿名希望 URL

No title

何か、睡魔を催す、何かの仕掛け、罠に陥れられた
ということはないのか?
変だと思わないか?
この2つの事故以外は、他には事故がなかった訳だろう?

2017年05月15日 21:36 from 匿名希望 URL

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