厚生年金基金は何が問題なのか

 厚生年金基金は、昭和41年4月の制度創設以来、代表的な企業年金であり続けました。しかし、平成8年(1996年)には1883あった基金が、平成24年3月には基金数577(内単独及び連合型83、総合型494)にまで減少しています。その理由として、月刊社労士2012年5月号「厚生年金基金制度等のあり方について検討始まる」)では、「退職給付会計の導入による代行債務の負債計上や運用環境の低迷、確定給付型企業年金法の創設を背景に、単独型及び連合型は代行部分を国に返上するなどして減少。」したことを挙げています。


1.企業年金を取り巻く環境の変化

 平成12年4月の退職給付会計の導入以降、即ち2000年代初頭は、我が国の企業年金制度にとって大きな転換点だったと思われます。そして、その大転換のもたらした影響は10年が経過した現在においても継続しているといえます。このような大転換が敢行された企業年金を取り巻く背景として、以下のような環境の変化が上げられることが多いようです。

(1)少子高齢化
 これは、新企業年金と言われる確定拠出年金法及び確定給付企業年金法の第1条にも明確に書かれていることです。少子高齢化は、国の年金のように賦課方式を採っている仕組みにおいて必然的に「負担の増加と給付の減少」をもたらすことになるでしょう。従って、新企業年金制度は、高齢期の所得を確保するために国民が「自主的な努力」によって積立方式の年金を確保し、又年金額を増やすことを目的とするということです。

 しかし、厚生年金基金に代表される古い企業年金制度においても、企業年金は積立方式だったのですから、少子高齢化が新企業年金制度への移行を直接的に促したというのは、少々説得力に欠けると思われます。

(2)産業構造の変化
 この点についても、確定給付企業年金法の第1条が「産業構造の変化等の社会情勢の変化」に言及していますが、具体的には、合併や買収といった企業再編が我が国でも日常的に繰り返されるようになり、複数の異なる会社の制度を統合したり、分離したりするという場面が急増してきて、そのような企業再編にも対応できる企業年金制度の構築が必要になってきたということです。確かに国の厚生年金と一体化した厚生年金基金は、企業再編で求められるような柔軟性がある制度とは思えないので、すっきりとした企業年金制度に改められるものならば改めておきたいという企業側の要請は、感覚的には理解できるような気がします。

(3)運用環境の変化
 バブル崩壊後、その原因を政策ミスと見るか必然と見るかはさておき、我が国は低成長経済に移行してしまい、ここ数年はデフレ経済に悩まされる状況に陥っています。低金利と株式市場の低迷が長年にわたって続いており、年金資産の運用収益がきわめて低迷しています。企業年金の運用リスクをできる限り軽く、できれば確定拠出型にして従業員に運用リスクはすべて負担してもらいたいというのが事業主の本音ではないかと思われます。

(4)会計基準の変更
 通称会計ビッグバンの一環として導入された平成12年(2000年)4月の退職給付会計により、それまで、掛金を費用計上するだけで、貸借対照表には特段開示義務のなかった企業年金について、新会計制度では、退職給付引当金を算定して負債項目に開示することになりました。厚生年金基金制度を採用していた多くの大中規模の企業にとって、代行部分を企業の債務として認識させられることは、年金資産の時価評価とも相まって大きな負担となってのしかかるようになりました。おそらく、この退職給付会計の導入こそが、厚生年金基金制度を事実上過去のものに追いやった主因であると考えています。


2.会計基準の変更と厚生年金基金

 退職給付会計の導入は、当時の流行だった株主資本主義の影響も大きかったのではないかと思われます。公開企業にかかわる関係人のうち、最も尊重されなければならないのは株主であるから、企業情報はできる限り財務諸表などを通じて投資家のために開示されるべきであるという考え方です。情報開示が正しく広範に行われなければならないとすれば、企業はそれに従って正しく活動することになり、それができない企業は市場によって淘汰されていくという、市場万能主義的な新自由主義の思想でもあります。

 退職給付会計の導入で何が変わったのかといえば、それまで企業年金会計は、負債性引当金であった退職給与引当金の中に企業年金は含まれておらず、掛金を拠出したときに費用計上するだけでした。ところが、退職給付会計では、次の式ような考え方に基づく退職給付引当金を負債性引当金として計上することになったのに加えて、それまで積み上げてきた年金資産を時価で評価することになりました(「退職給付会計の基礎知識」参照。

 退職給付引当金≒数理債務-年金資産時価
 
 数理債務≒将来生じる退職給付債務の現在価値-将来の掛金収入の現在価値

 この中で、将来生じる債務を現在価値に割引くということが、現状のような超低金利だと大変な負担になってきます。この割引率は、「決算日における安全性の高い長期の債券の利回り」とされ、安全性の高い債券には、長期国債、政府機関債、複数の格付け機関からAA格相当以上の評価を得ている社債等が含まれます。現在、我が国の10年物国債の利回りは、0.845%にすぎません。

 ここで、話を分かりやすくするために、現実にはありえない単純化した事例を想定して考えてみます。ある会社では、社員は皆20歳で入社し、60歳で退職します。途中退社する者、亡くなる者は一人もいません。勤続40年で退職時に100万円を一回だけ渡すことになっています。世間ではこういうのを一時金と呼びますが、ここでは敢えて1回年金としておきます。

 そこで、社員が入社してきたときに掛金を一回支払ってその年金資産の運用で退社時の1回年金を賄おうということを考えます。割引率が5%のとき、142046円の掛金で40年後の100万円と均衡します。この期の退職給付引当金は理論上0です。それから歳月は流れ、入社20年後割引率が5%のままであれば、そして年金資産の運用もほぼ市中金利で運用できていたとすれば(例えば、入社時に20年超の割引債購入など)、将来生じる給付債務の現在価値は376889円に対して、それに見合った年金資産が手許にあり、追加の掛金等はなしで済ます。

 ところが、ここでバブルがはじけたり、世界金融危機が発生して一気にデフレになり、市中金利が1%まで急落したとします。このとき、20年後の100万円の1回年金の現在価値は819544円に倍増します。しかし、ここまで掛金を運用して積み上げた年金資産は、376889円に見合った金額でしかありません。ここに442655円程度の積立不足が生じ、退職給付引当金を計上することになります。

将来給付の数理債務

 このようなことは、確定給付型の年金である限り、厚生年金基金であろうが、新型の確定給付企業年金であろうが起こりうる現象です。また、金利が上昇する場合にはこれと反対のことが起こり得ます。ただし、厚生年金基金の弱点は、別のところにあります。すなわち、本来は国が給付する厚生年金の代行部分、これはほぼ厚生年金の報酬比例部分に相当する金額なのですが、この部分についても企業年金として取り扱っている以上これまで説明してきたような退職給付会計の対象となり、このことは退職給付引当金の額を巨額なものにしてしまう要因となりました。

 従って、大中規模の企業が主に行っていた単独型及び連合型の厚生年金基金のほとんどは、退職給付会計の導入以来、代行返上を進め、平成24年3月末の数字で単独型及び連合型の厚生年金基金は83基金にまで減少しています。一方、比較的規模の小さな同業者などが集まって形成している総合型の厚生年金基金については、退職給付会計の導入に必要な数理計算を行う専門家の支援が得られないこと、合理的な年金数理計算を行うために必要な基礎率が得られないことなどを理由に、300人未満の小規模企業には簡便法の使用を認めるなど、必ずしも厳格な退職給付会計の適用が行われてきたとはいえません。今日残存している厚生年金基金の85%が連合型ですが、その理由はここにあると思われます。残存している厚生年金基金は、今回のAIJ事件の発生でも明らかになったように、必ずしも運用が上手くいっているから存続できているわけではなく、現在のようなデフレ経済をいつまでも放置しておくことによるリスクを様々な形で内部に溜めこんできている基金もあることを想定しておくべきかと思います。

代行返上の仕組み3

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