自殺と労災

1.労災法の支給制限

 今日、労働者が過労や仕事上のストレスで精神障害を発病して自殺した場合、労災が認定される事案が普通に見られるようになってきています。厚生労働省は、平成11年9月14日、「心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針」(基発第544号)を公表し、平成21年4月にその一部を改正しています。

 ところで、労働者災害補償保険法は、12条の2の2、1項で「労働者が、故意に負傷、疾病、障害若しくは死亡又はその直接の原因となった事故を生じさせたときは、政府は、保険給付を行わない」としています。これは、一般的にこのような状況が生じたときには、業務起因性が断ち切られ、もはや労災とは言えないと考えているからだと思われます。ちなみに、12条の2の2、2項前段は、「労働者が、故意の犯罪行為又は重大な過失により、負傷、疾病、障害若しくは死亡又はこれらの原因となった事故を生じさせたときは、政府は、保険給付の全部又は一部を行わないことができる」とし、具体的には、休業(補償)給付、障害(補償)給付、傷病(補償)年金につき、所定給付額の30%が支給制限されることになります。この場合には、業務起因性が完全には断ち切られていないと考えているからなのでしょう。


2.自殺と保険

 さらにそもそも論を展開して、時折世間を騒がせる「自殺に見せかけて多額の保険金を騙し取る」保険金殺人事件などは、どうして起こるのかということを考えてみます。というのは、保険法(平成20年6月6日法律第56号)は、第51条(旧商法680条)で次のように定めているからです。

第51条(保険者の免責)
死亡保険契約の保険者は、次に掲げる場合には、保険給付を行う責任を負わない。ただし、第3号に掲げる場合には、被保険者を故意に死亡させた保険金受取人以外の保険金受取人に対する責任については、この限りでない。
一 被保険者が自殺をしたとき。
二 保険契約者が被保険者を故意に死亡させたとき(前号に掲げる場合を除く。)。
三 保険金受取人が被保険者を故意に死亡させたとき(前2号に掲げる場合を除く。)。
四 戦争その他の変乱によって被保険者が死亡したとき。

 原則論として、生命保険の被保険者が自殺した場合に保険者は保険給付の義務を免れることが定められています。しかし、現実には保険会社の約款上は、ほとんどの保険会社で自殺免責期間を3年と定めているようです。保険会社が約款上支払いを定めているために、自殺免責期間にかからない場合、通常は保険金の支払いが行われています。


3.自殺と労災

 さて、そこで労災です。旧労働省は、平成11年9月14日、「心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針」が出される前から、業務に起因する鬱病等により、「心神喪失」の状態に陥って自殺した場合には、労災を認定する例がありました。それは、自殺が「精神障害によって正常な認識、行為選択能力が著しく阻害され、あるいは自殺行為を思いとどまる精神的な抑制力が著しく阻害されている状態」で行われた場合、「故意」が否定されるという考え方です。

 そこで、次に問題になることは、「精神障害によって正常な認識、行為選択能力が著しく阻害され、あるいは自殺行為を思いとどまる精神的な抑制力が著しく阻害されている状態」が業務に起因して惹き起こされたか否かということになります。これを、一定の判断基準にそって標準的に判断していこうとする試みが平成11年の判断指針ということになります。

 判断指針によれば、労災認定の要件は、

(1)対象疾病に該当する精神障害を発病していること。
 ⇒国際疾病分類(ICD-10)で「精神及び行動の障害」に分類される精神障害

(2)対象疾病の発病前概ね6箇月の間に客観的に当該精神障害を発病させるおそれのある業務による強い心理的負荷が認められること。なお、職場内のイジメやセクハラなどのように長期間にわたり繰り返されるものについては、発病前6箇月に限定せず、その開始時からの全ての出来事を対象として心理的負荷が評価します。
 ⇒「職場における心理的負荷表」を用いて業務による心理的負荷の強度を評価し、それらが精神障害を発病させるおそれのある程度の心理的負荷であるか否かを検討します。

 発病前1箇月間に160時間超(又は発病前3週間に120時間超)の法定時間外、休日労働を行なっていた場合は、その事実だけで「特別な出来事(極度の長時間労働)」があったとみなされて労災認定されます。
 また、発病直前の連続した2箇月間に月平均120時間以上の法定時間外、休日労働を行なっていた場合、及び発病直前の連続した3箇月間に月平均100時間以上の法定時間外、休日労働を行なっていた場合は、強い心理的負荷があったと判断されます。

(3)業務以外の心理的負荷により、当該精神障害を発病したと認められないこと。
 ⇒「職場以外の心理的負荷表」の評価で、出来事の心理的負荷の程度を判断します。

  個体側要因により、当該精神障害を発病したと認められないこと。
 ⇒①精神障害の既往歴、②生活史・社会適応状況、③アルコール等依存状況、④性格傾向について評価し、それらが精神障害を発病させるおそれがある程度のものと認められるか否か検討します。

 以上のような検討を行った後、業務上外の判断の目安は、次のようになります。

(1)業務による心理的負荷以外には特段の心理的負荷、個体側要因が認められない場合で、「職場における心理的負荷表」を用いて業務による心理的負荷の強度を評価した結果が「強」と認められるとき、業務起因性があると判断します。

(2)業務による心理的負荷以外に心理的負荷、又は個体側要因が認められる場合には、「職場における心理的負荷表」を用いて業務による心理的負荷の強度を評価した結果が「強」と認められるときであっても、業務以外の心理的負荷、又は個体側要因について具体的に検討し、これらと発病した精神障害との関連性について総合的に判断します。心理的負荷の強度を評価した結果が「強」であって、業務以外の心理的負荷が極端に大きい等の状況になく、かつ、個体側要因に顕著な問題がない場合、業務起因性があると判断します。
心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針
心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針

コメント

非公開コメント

トラックバック

http://yokoteoffice.blog130.fc2.com/tb.php/235-9e2e7fee