パワハラ自殺と労災認定_日研化学事件

 自殺の場合、労災は適用されないことを定めた規定が労働者災害補償保険法にあります。しかし、上司による過度のパワー・ハラスメントが部下の精神障害を発症させ、その精神障害の状況下で自殺に及んだとき、業務起因性を認めて労災を適用するとした東京地裁の判決があります。


1.事案の概要

 医薬品の製造、販売等を行うA社のMR(医療情報担当者)だった男性Bは、平成14年(2002年)春に赴任したC係長から同年秋以降「お前は会社を食いものにしている、給料泥棒」「存在が目障りだ、居るだけでみんなが迷惑している。お前のカミさんの気がしれん、お願いだから消えてくれ」「どこへ飛ばされようと、おれはお前が仕事をしないやつだと言いふらしたる」、「お前は対人恐怖症やろ」、「誰かがやってくれるだろうと思っているから、何にも堪えていないし、顔色一つ変わってない」、「病院のまわり方がわからないのか。勘弁してよ。そんなことまで言わなきゃいけないの」などの厳しい言葉を浴びせかけられるようになっていました。

 Bは、同年末ごろから、うつ病の症状と思われる身体の変調を職場及び家庭内で周囲にも気取られるようになっていました。明けて平成15年になってから、医師からの高額薬品の新規患者の紹介を断る(第1のトラブル)、患者を長時間待たせるなどした謝罪に出向き、医師に対して土下座した(第2のトラブル)、シンポジウムの案内を配布しなかった(第3のトラブル)などのトラブルを続発させ、3月7日に家族や上司に宛てた遺書を残して自殺しました。遺書には上司の暴言が記され、「自分の欠点ばかり考えてしまい」などと書かれていました。

 Bの妻Xは、Bが自殺したのは、A社における業務に起因する精神障害によるものであるとして、Xが労働基準監督署長に対して労働者災害補償保険法に基づき遺族補償給付の支払いを請求したところ、同署長がこれを支給しない旨の処分を下したことにつき、その処分の取消しを求めて提訴したものです。


2.解 説

(1)判決要旨

 東京地裁平成19年10月15日判決では、「Bの心理的負担は、通常の上司とのトラブルから想定されるものよりも重い」と指摘し、Bの自殺に業務起因性が認められるとして、労基署長の処分を取消しました。

 業務起因性の認定について、当判決ではICD-10第V章「精神及び行動の障害」に分類される精神障害の患者が自殺を図ったときには、当該精神障害により正常な認識、行為選択能力及び抑制力が著しく阻害されていたと推定する取扱いが、医学的見地から妥当であると判断されていることが認められているから、業務より発症したICD-10に分類される精神障害に罹患していると認められる者が自殺を図った場合には、原則として、当該自殺による死亡につき業務起因性を認めるのが相当である」として「業務により発症した精神障害→自殺」の場合に正常な認識、行為選択能力及び抑制力が働かない状態での自殺であると推定される限りにおいて、原則として業務起因性を認めるべきであると述べているのです。

 また、本事案で、Bの精神障害発症が業務によるものかという点について判決は、以下の4点を指摘しています。第1は、C係長の発言内容自体がBのキャリア及び人格を否定するもので過度に厳しものであったことです。第2に、C係長の態度にはBへの嫌悪の感情があることです。BがC係長の発言を指導だと受け止め、負荷を軽減するものだったとは到底言い得ません。第3に、C係長がBに対してきわめて直截なものの言い方をしていて、Bへの「配慮」が認められないことです。第4に、A社に対するものですが、Bが直行直帰でこのC係長とたまにファミリーレストランで話をするという「問題があった場合に発見しにくい」状態をA社は放置したために、C係長によるBの心理的負荷を阻止し、軽減することができなかったと認められるとして、A社の管理体制を問題にしています。

 以上を踏まえて、判決では「Bは、平成14年12月末から平成15年1月中に精神障害を発症したところ、Bは、発症に先立つ平成14年秋頃から、上司であるC係長の言動により、社会通念上、客観的にみて精神疾患を発症させる程度に過重な心理的負荷を受けており、他に業務外の心理的負荷や過労の個体側の脆弱性も認められないことからすれば、Bは、業務に内在ないし随伴する危険が現実化したものとして、上記精神障害を発症したと認めるのが相当である」

 「業務に起因して精神障害を発症したBは、当該精神障害に罹患したまま、正常の認識及び行為選択能力が当該精神障害により著しく阻害されている状態で自殺に及んだと推定され、この評価を覆すに足る特段の事情は見当たらないから、Bの自殺は、故意の自殺ではないとして、業務起因性を認めるのが相当である」と結論付けています。

(2)パワー・ハラスメント

 パワー・ハラスメント(以下「パワハラ」という)とは、「職権等を利用して、本来の業務範囲を超え継続的に人格と尊厳を侵害するような言動により、労働者の就業環境を悪化させたり、雇用不安を与えるような行為」などと定義されます。職場でのいじめや差別を総称するものです。

(3)パワハラの違法性判断

 ①上司の部下に対する言動が、業務指導の範囲を超え、言葉自体が過度に厳しかったり、嫌悪の態度を示すなどして、部下の人格及び尊厳を著しく傷つけるものであること。
 ②上司の①の言動がある程度継続していること。
 ③上司の①の言動により部下が感じるストレスが、人生の中でまれに経験することがあるという程度の強いストレスであること。

(4)自殺と労災認定

 労働者災害補償保険法12条の2の2は、第1項で労働者の故意による死亡については保険給付を行わないと規定しています。従って、自殺時に正常な判断能力を有していると認められる場合(遺書を残している場合など)には、「故意」の自殺として業務起因性が否定されると考えられてきました。本判決でも、自殺の数箇月前から遺書が準備されたことなど正常な判断能力があったとも言える事情が存在するにもかかわらず、「業務により発症した精神障害→自殺」の場合には正常な認識、行為選択能力及び抑制力が働かない状態での自殺であると推定されるとして業務起因性を認めるのが相当であるとの判断を下しています。

第12条の2の2 労働者が、故意に負傷、疾病、障害若しくは死亡又はその直接の原因となつた事故を生じさせたときは、政府は、保険給付を行わない。

(5)パワハラと使用者責任

 パワハラが民法上の不法行為と認定された場合、会社については715条の使用者責任が問われることになります。この他、「使用者は、被用者との関係において社会通念上伴う義務として、被用者が労務に服する過程で生命及び健康を害しないよう職場環境等につき配慮すべき注意義務(安全配慮義務)を負うが、そのほかにも、労務遂行に関連して被用者の人格的尊厳を侵しその労務提供に重大な支障を来す事由が発生することを防ぎ、又はこれに適切に対処して、職場が被用者にとって働きやすい環境を保つよう配慮する注意義務(職場環境配慮義務)」を負っています。従って、会社はパワハラ行為が職場内に発生した場合には、これを是正する義務を負っていると考えられますから、この義務を果たしていないと認められる場合、不法行為の使用者責任で行くか債務不履行責任で行くかはさておき、その責任が問われることになります。

2011_@東京上野浅草周辺 009A

コメント

No title

日研化学事件と同じような事例が新聞記事で報じられています。
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/yamanashi/news/20111128-OYT8T01167.htm

2011年11月29日 09:13 from ヨコテ URL

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