「なぜうつ病の人が増えたのか」を読んで

 産業領域のメンタルヘルスを専門にしている精神科医、冨高辰一郎氏の「なぜうつ病の人が増えたのか」を読んでみました。


1.鬱病患者が近年急増している真の原因は何か

 我が国では、現在右肩上がりで鬱病患者が増えているようです。厚生労働省によれば、1999年からの6年間で、病院に通院する鬱病患者は、約2倍に増えたそうです。その患者数は100万人を超えたと言われ、国家公務員の心の病による休職はこの10年間で3倍以上に増加し、その休職病名として7割を占めているのが鬱病なのだそうです。

 このような、鬱病患者急増の理由について、「バブル崩壊後の日本経済の停滞、終身雇用の終焉により社会不安が増大した。また、グローバル競争の激化、ITの導入、非正規雇用の増加により労働者のストレスが増加した。こういった日本社会の変化を背景として、近年鬱病が増加している(ストレス仮説)」と説明され、小生もずっとそういうことなんだろうと思い込んでいました。

 しかし、冨高氏はこの通説に疑問を提示し、その疑問を検証することから始めて、通説とは異なる一つの意外な結論に行き着きます。それは、1999年のSSRI(選択的セロトニン再取り込阻害薬)の市場導入に伴って、製薬会社の鬱病に関する啓蒙活動を含むSSRIという新薬のプロモーション活動が実に活発に行われたということです。我が国で起きた新薬SSRIの市場導入及びそれと軌を一にして起こった鬱病患者の急増という現象は、我が国におよそ10年ほど先駆けて英米を始めとする欧米先進国で共通に見られる現象であったことを筆者は指摘されています。

 いうまでもなく、利益率の高い新薬は、製薬会社にとって魅力的な商品です。我が国おいては、世界第2位の巨大製薬会社GSKが販売しているパキシルが2007年時点で、抗鬱薬市場の2分の1を占める年間500億円を売り上げています。それまで、日本の抗鬱薬の市場規模は全体で年間170億程度だったというのですから、パキシルはGSKにとってビジネス上の大成功事例ということになります。パキシルの市場導入に当たってGSKは、鬱病に関する啓蒙活動として次のようなメッセージをあらゆる手段を駆使して市場に発信しました。

(1)鬱病は、誰でも罹り得る病気です(不安の喚起)。
(2)鬱病は、適切な治療で治る病気です(希望の提示)。
(3)鬱病は、早期の受診による治療が重要です(具体的な行動喚起)。

 このような社会への啓蒙活動と精神科医への売り込みが、莫大な費用をかけて大々的に行われれば、どのようなことが起こり得るか、想像することができます。その中で、冨高氏の次の指摘は実に的を射たものであると思えました。

 「現在世界中で使われているDSM-Ⅳのような操作的診断基準では、うつ病を症状レベルに分解して、それぞれの症状(抑うつ気分、意欲のなさ、睡眠障害等)の有無を本人に確認することによって診断を行う。しかし、そういった症状があるかどうか答えるのは、患者自身なのである。うつ病への意識が高い人は、当然うつ病の自覚症状への関心も強くなるし、自覚症状を認めることにも抵抗がない。結果として、うつ病への認識が高い社会ほど、うつ病と診断される人が多くなるだろう。

 そう考えると仮に精神科医から『うつ病』と診断されてたとしても、必要以上に落ち込む必要はない。軽症うつ病と病気でない憂うつとの境界は連続的なものであり、どこからうつ病と判断するかは、本人の認識の強さや精神科医の受け取り方によって大きく左右される。さらに、うつ病と診断されたとしても、その程度や経過は様々であり、2~3箇月で自然に治って一生再発しないようなうつ病も多いのである。」

 さらに、筆者は、「SSRIが従来処方されてきた抗鬱薬に比べて、本当に効果が高いのか、本当に副作用は少ないのか」といった点についても考察した上で、軽症の鬱病に抗鬱薬はそれほどの効果がなく、自然に回復する患者も多いことから、薬物療法を原則としていて、しかも多剤併用療法である我が国の鬱病治療の一般的なあり様に疑問を呈しておられます。


2.メンタル休職者への対策

 とはいっても、ここ数年鬱病罹患者は急増し、それに伴ってメンタル休職者も放置できかねるほど増加する傾向にあることは確かです。増え続けるメンタル休職者への具体的な対応策は、我々社会保険労務士も準備をしておかなければならない問題です。

 厚生労働省は、2002年に発表した「事業場における労働者の心の健康作りのための指針」において、一次予防―病気自体の予防―、二次予防―病気を早期に発見し、早期治療を行うことによって病気の経過を改善すること―、三次予防―病気が発生した場合に行われる専門的治療、リハビリテーション、再発予防―、それぞれの視点から心の健康対策に取り組むことを勧めています。

 しかし、現在職場で行われている予防対策は、厚労省の調査によれば、相談体制の整備(59%)、労働者への研修及び情報提供(49%)管理監督者への研修及び情報提供(35%)と二次予防が中心になっています。また、平成18年(2006年)の改正安全衛生法でも「過重労働による健康障害防止対策」として時間外労働が1月当たり100時間を超える労働者については、医師による面接指導が義務付けられましたが、これも二次予防の視点からの対策ということができます。

 二次予防の強化ということは、メンタル休職者の入り口を拡げたということを意味し、出口である三次予防を強化しない限り、メンタル休職者の増加傾向に歯止めをかけることが不可能なことは、考えてみれば当たり前のことです。それでは、三次予防、すなわち、復職支援やリハビリテーションを強化するとは、具体的には一体何をすればよいのかという点が重要になってきます。

 リハビリテーションとは、具体的に何をすることなのか、筆者は次のように解説しておられます。

(1)「休養が大切」、「励ましてはいけない」及び「問題を棚上げにする」ことが必要な急性期からは、中程度の鬱病の場合でも、1~2箇月ほどの自宅療養である程度回復する(=症状が和らぐ)ことが多い。

(2)ある程度回復した(=症状が和らいだ)ら、まずは短時間テレビを見たり、漫画を読んだり、自宅で好きなことをしてみる。続いて、家事をしてみたり、散歩をしたり、なるべく規則正しい生活に戻してゆくようにする。さらに、図書館に行って本を読んでみたり、PCを使って調べ物をしてみたりしてみる。問題なければ、駅やモールのような人出の多いところに外出したり、買い物をしたりしてみるといった具合に、小さな目標を作ってそれらを少しずつ達成してゆく。

(3)病気の影響下にあるという意識が長く続くと、自分の行動や考え方は自分で選択できるという感覚が落ちてくるので、自信ないしやる気を取り戻すために、自分で少しずつ行動し始めることが大切になってくる。

(4)同じような境遇の仲間と効果的に上記のようなリハビリテーションを実施できるという意味では、復職のための専門施設を利用することが考えられる。施設の照会は、精神保険福祉センターなどで行うことができる。

(5)家族は、鬱病患者に対して、何か積極的に助言するというよりは見守るぐらいでよい。あまり家族が心配し過ぎると患者の負担になるし、家族の負担も大きくなるので、普通どおりの接し方で十分。


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