リストラなしの「年輪経営」について_その2

 伊那食品工業における塚越寛会長の会社の人事制度、商品開発又は資本政策に対する考え方は、流行に左右されないとてもユニークなもので、今どきこれで本当にやっていけるのだろうかと思われることもあります。しかし、その一つ一つだけをとって論じることは意味のないことであり、これらは互いに関連しあった事柄であり、その根底にあるのは「会社はまず社員を幸せにするためにあると考えています。売上げを増やすのも、利益を上げるのも、社員を幸せにするための手段にすぎません。」という思想です。そして、社員との信頼関係に基づく経営を行うことができるために、社員全員が「正しい心」を持てるように徹底して教育を行うと言っておられます。そのことを踏まえた上で、人事制度、商品開発又は資本政策に関するユニークな考え方を紹介します。


1.年功序列を維持する

 「会社の存在理由は、まず社員を幸せにすること」と考えている塚越氏は、人件費をコストとはみなしません。会社の目的そのものをどうして費用と考えることができるのか、という訳です。利益を上げるためには、売り上げを増やすか費用を減らすしかありません。従来リストラには消極的だった我が国においても、今日「選択と集中」の美名の下に行われる合理化に代表されるような人件費削減が横行するようになりました。こういった風潮を塚越氏は否定します。「例えば、兄弟とか、親しい友人で事業を起こしたとします。このときに、人件費が少なければ少ないほどいいと思うでしょうか。そんなことはないはずです。みんなで一生懸命に働いて、より多くの報酬を得て幸せになることは、事業を起こした目的の一つなのですから。」

 また、伊那食品工業は、年功序列型の給与体系をとっています。抜擢人事は一部に過ぎず、能力に大差がない場合は、年長の社員、勤続年数の長い社員に高い給料が支払われます。つまり、成果主義や能力給といった賃金制度を否定しています。

 その理由の第一は、会社を家族のような運命共同体と考えているからです。つまり、ドイツの社会学者テンニース流に言えば、会社もゲマインシャフト足り得ると言っているのです。特定の個人を特別に評価する成果主義や能力給を導入すると、目先に表れる数字だけに関心が行ってしまい、社員同士の協調よりも、自分の成績が大事になることにより、社内の「和」が損なわれると考えているのです。

 第二の理由は、社員のライフサイクルを考慮するということです。一般的な家族構成を考えると、子供の教育費がかかる、40代、50代の社員の出費がかさむ傾向にあります。社員の暮らしぶりをも考慮して、賃金制度は40代、50代になってその子供たちにしっかりした教育を受けさせることができるような年功序列の仕組みにしておきたいということのようです。


2.マーケット・リサーチに依存しない

 伊那食品工業は、「新技術や新商品を研究開発して市場を創造し、高いシェアを維持する」ことこそが利益の源泉であると考え、研究開発部門に社員の1割以上を当てています。故Steve Jobs氏のApple社がなぜこれほどの評価を受けているのかといえば、まさに新技術や新商品の研究開発を通じて市場を創造し、高いシェアを維持することを世界規模でやって見せた会社であったからであり、最近のSonyが全く評価されなくなったのも、かつて同社の専売特許のようだったそれが、全くと言っていいほどできなくなってしまったからなのでしょう。

 面白いのは、同社が商品開発において、マーケット・リサーチをほとんど行わないという点です。コピーライティングのコツなどで良く出てくる「大衆に受けそうな」とか「「読んでもらえそうな」という発想とは対極に位置すると思われます。つまり、「世の中にあろうがなかろうが、世の中で売れていようが売れていまいが関係なく、自分たちがいいと思うものをつくろう」という姿勢を貫くというのです。このときに、塚越氏の頭の中には、「進歩軸」と「トレンド軸」という考えがあって、いい商品とは「人間があるべき姿」を追っている商品、人間の進歩していく方向に沿った商品、つまり、進歩軸に沿った商品と言っておられるのです。もちろん、その時のトレンド軸にもある程度は沿っていることが望ましいのだと思われますが、トレンド軸にそっているだけの商品は、一時的に売れてもすぐに消えていく商品です。


3.株式上場はしない

 塚越会長は、莫大な資産や巨額の設備投資を可能にする資金が得られるなどの長所がある反面、意思に反した経営を強いられることになるという考えから、株式上場を行わないことに決めています。社員の幸せよりも株主の利益を優先させるために、社員の給料を減らし株主への配当を重視すること、その先にあるリストラなどは、到底是認できることではないからです。

 海外進出についても、同社は良質な海藻を求めて30年以上、海外の会社に技術指導を提供しつつ取引を行ってきています。ここでも最も大切なことは、「信用」であるとしておられ、中国への進出を見合わせている理由として、唯物論の社会主義国には「信用」という概念が感じられなかったからと指摘しておられます。塚越氏は、商売は「信用」がないと成立しないと考えておられ、「商品というモノ」の後ろには、それを生産する人、販売する人たちがいて、その人々が「信用」で結びついていることが重要だという当たり前ですがとても重要な指摘をしておられます。

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