家族手当に関する考察

1.賃金制度の本質をえぐり出す質問

 本日は、とある社労士向け研修会に参加したのですが、人事労務コンサルティングの進め方の中でその会社の考え方の本質を知るための質問の1つとして、「家族手当の必要性」についての質問を取り上げていました。

 すなわち、「ある会社に同期入社29歳の従業員甲と乙がいます。2人とも営業部に所属し、これまでの営業成績及び人事評価はほぼ同じで差はありません。唯一の違いは、甲は25歳の時に結婚し、子供も1人います。一方、乙は独身で、親元から通勤しています。この2人の賃金は、同額であるべきでしょうか、それとも、差をつけるべきでしょうか?」といった類の質問です。


2.我が国の慣行と賃金の本質

 この話で思い出したのは、一昨年に受講した紛争解決手続代理業務試験受験のための特別研修での、経営側の弁護士として知られる石嵜信憲弁護士の講義でした。この講義の中で、石嵜弁護士は、日本の雇用社会から見て賃金はどう位置づけられるのかという観点から、次のように述べておられました。「すなわち、国が国民に約束していることは、『安全を守る(国防)』ことと『食わせる(餓死させない)』ことです。そして、『食わせる』方法は、税金システムと賃金です。この両者のバランスをどうとるかは国家体制の在り方にかかわりますが、憲法第27条が勤労の権利を定めているのは、労働者は労働によって賃金を得て家族を養って生活をしていくことを基本に置いていることを示しています。ですから、ここでも賃金で国民は食うことが日本の原則になっており、賃金に対する拘束力が働くことになります。」

 石嵜弁護士は、賃金で国民は食うことが日本の原則ということから議論を進めて行き、完全雇用政策の推進、終身雇用慣行の定着、さらに、「雇用を守り食える賃金を払う」となれば、賃金の決め方も採用から退職までの長期間の中で決済すればいいというシステムになり、その都度その都度の成果・実績で決めることはないということから、年功序列賃金が出てきますと言っています。しかし、一般的に多くの国家においてその目的は、国民の生命と財産を守ることであり、明治政府の「富国強兵」というのもこのことを言い換えたものに過ぎないという解釈も十分可能ですので、少し論理の飛躍があるようにも感じますが、説得力があり、大筋で合意できる考え方でもあります。

 石嵜弁護士自身、年功序列賃金は、勤続が能力を計る代替指標たり得た時代や適合する職種が存在するのであって、年功序列賃金は、同年代の者が一緒に工場に入り熟練を積んで能力を高めていくブルーカラーの賃金体系であると述べています。


3.成果主義の生み出す矛盾

 つまり、年功序列賃金は、高学歴で能力に違いのあるホワイトカラーに適用すると矛盾が生じるのですが、にもかかわらず、我が国の雇用社会の中で約束事になっていた「食える賃金」論を外した賃金体系を強引に持ち込もうとすると、どうしてもそこに限界があるのではないかとも述べて、次の例を挙げておられます。

 成果主義の会社で、同じ能力の22歳新卒採用者A男、B男、C女、D女がいて、賃金は同じ20万円とします。このとき、A男とC女が結婚して両者が仕事を続ければ世帯収入は40万円です。一方、B男とD女が結婚して、B女は会社を辞めて子供を産んだとしたら、家族の人数は増えるのに世帯収入は20万円です。企業の賃金論として「契約」ということでは成り立つ家族手当廃止論も、雇用社会の賃金論、「食える賃金」論の観点からは、家族手当を設けて基本給とセットでバランスをとるという考え方は捨てがたいものです。それを会社への貢献結果だけが賃金で、家族は関係ないと言い切ってしまうと、今度は所得税なり間接税なりを多く徴収して手厚い「児童手当」といった税制で補完する必要が出てくるのです。

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