「壁を壊す」を読んで

1.DOWAの画期的な改革 

 DOWA Holdings会長兼CEOの吉川廣和氏が2007年に上梓された「壁を壊す」(ダイアモンド社)を読んでみました。正直、よくもまあ、吉川氏はこれだけの改革を思いつき、会社はそれを実行することを受け入れたものです。あまりにも画期的な改革であるために、結果を出してきたこれまではよいものの、今後反動が起こることはないのか、その危うさについても考えざるを得ないと思ってしまいました。

 DOWAは、1884年、官営小坂鉱山の払い下げを受けて創業した藤田組に始まり、1945年より「同和鉱業」を名乗り、2006年から持ち株会社制への移行によりDOWA Holdingsとなり、本社も丸の内に近い鉄鋼ビルから秋葉原駅前の高層ビルの最上階に移って現在に至っています。国内に優良鉱山を持ち、鉱石を製錬して非鉄金属(金、銀、銅、亜鉛、鉛など)の生産を主な業務としてきました。現在では、「製錬」、「金属加工・電気・電子材料」、「環境・リサイクル」、「熱処理」の4つの核になる業務に整理されたカンパニー制を採っています。

 吉川氏は、2002年の社長兼CEO就任以来、ご多分に漏れず極度の大企業病に陥り、閉塞状態にあった同社を、厳しい「合理化」で人員の約2割を削減する一方、中期的にあるべき姿を示す「事業構造改革」によって、2006年には経常利益を過去最高の約500億円に到達させ、有利子負債も大幅に圧縮することに成功しました。改革は無理やり形から入ることが効果的と考える吉川氏のやり方は、物理的に部門間に設置されている壁を取り払ってしまいます。秋葉原の新本社屋では、体育館のような全長150メートルの巨大事務所の中に個人の座席を固定しないFree Addressと呼称される方式で、毎朝出勤した者からPC、PHS及び仕事道具を整理棚から出してきて、その日に空いている座席に座るというものです。当然、周囲に座っている人たちが、必ずしも同じ部署や関連部署の人とは限りません。

 本の題名にもなっている「壁を壊す」は、この驚くべき事務所の物理的変革によるものと思われます。保守的な小生などは、これだけ聞いただけでちょっとついていけないなという印象をもってしまいますが、慣れれば意外に効率的なのかもしれません。本社内転勤及び配転などに一切費用が掛からない、座席替えに至ってはその必要性さえ生じないという長所も副次的に備わっています。


2.改革に対する疑問

 本書を読み進んできて腑に落ちなかった点は、主に「第三章 新しい会社へ―再生は形づくりから」のところにありました。吉川氏は、ある意味で徹底した合理主義者のようで、「会社は競争社会で生き抜く戦闘集団であり、決して仲良しクラブではない」と言い切っています。日本の会社に良くも悪しくも見られがちな「村社会」性を忌み嫌い、社内での必要資材や物品の調達でさえ、社内やグループ企業からよりも有利な条件で社外から調達できるならば必ずしも社内調達をする必要はないという市場原理・競争原理を徹底しています。そもそも、Free Addressなどという発想も、「村社会」性を否定するところからしか生まれて来る余地はなかったでしょう。

 小生は、「そもそも日本の会社という職場は、目的追求集団であると同時に村社会であり続けるという矛盾に満ちた多面体であり、そのことによってもたらされる多少の非効率や不合理はそういうものとして受け入れられるべきだ」という考えですので(メンタルヘルス私論_その2)、日本の、しかもDOWAのように老舗の会社から「村社会」性を完全に払拭してしまうような試みには、どうしても危うさを感じてしまうのです。かといって、改革断行前の同社では、座して死を待つような状態であり、吉川氏の改革で優良企業に生まれ変われたことは紛れもない事実です。しかし、それでは、吉川氏が名実ともに経営から身を引いたときに何が起こるのか、壁を壊した改革の精神は正しく引き継がれていくのか、多少の疑問が残るのです。


3.開かれた会社

 「村社会」性についての考え方の違いがあったものの、「第四章 徹底的に開かれた会社への転換」及び「終章 壁破壊の改革から学んだこと」には、賛同し学ぶべきことが多く書かれていました。

 全国の事業所を回って全社員との直接対話を行うなどは、できそうでできることではありません。米国の政治家などが使う手でタウン・ミーティングと呼ばれるものと同じ手法だと思います。九電が原発に関する住民説明会で賛成意見をあらかじめ出すよう求めるなど「村社会」の小汚い負の部分ばかりが目立つ昨今ですが、吉川氏ほどの指導者を得ることができて初めて機能する試みだと思いました。並みの社長がやったのでは、ただの大名行列で費用の無駄使いに終わる可能性が高くなるのでしょう。イントラネットを使った『社長かわら版」も、画面に「社長への返信」と「公開意見」のボタンが設けられ、一歩進んだ目安箱のようなものなのだろうと思われますが、試してみたい仕組みです。また、同社は、企業の法令遵守を重要課題とみなして、内部通報制度を整備し、弁護士事務所内に「DOWA相談デスク」を設けています。

 この他、「投資家に示すべきは『施策』と『決意』であって、数字ではない。」、「会社とは、かかわりを持つ人たちがメシを食うための道具に過ぎない」と割り切り、「会社は『夢』や『生きがい』など与えられない、社員の抱く様々な『夢』や『生きがい』、そんなことに経営トップがいちいち応えられるだろうか」と述べ、「『動機付け』や『力の結集』など、叫んでも無駄である。会社の方向を示し、働く環境を整えることに力を尽くし、後は社員を信頼すればよい」、「『トップの先見性』など気にしなくていい。混沌としたものを、無理やり明快にしてはいけない」、「人は管理できない―会社の目的に向かって、社員に能力を発揮してもらうこと、そのために、働く環境を整えることが、人事部の仕事である」など、これまでの経験に裏打ちされた経営の実感が綴られていて、味わい深いものになっています。


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