「マズローの欲求段階説」異論

1.マズローの欲求5段階説

 誰でも耳にしたことはあると思いますが、今さらながらマズローの欲求5段階説について考察したいと思います。Abraham Harold Maslow(1908年4月1日~1970年6月8日)は、米国の心理学者であり、ユダヤ系ロシア人移民の家庭に生まれました。マズローは、「人間は自己実現に向かって絶えず成長する生物である」と仮定し、人間を突き動かす最も重要な要因である基本的欲求を低次元の「生理的欲求」から高次元の「自己実現の欲求」までの5段階に分類しました。5段階の欲求は、次の通りです。

(1)生理的欲求(Physiological need)
(2)安全の欲求(Safety need)
(3)所属と愛の欲求(Social need / love and belonging)
(4)承認の欲求(Esteem)
(5)自己実現の欲求(Self actualization)

 マズローは、人間とは、満たされない欲求があるとそれを充足しようと行動するものだとし、また、欲求には優先度があって低次元の欲求が充足されるとより高次元の欲求へと段階的に移行するものと考えました。段階は一方通行ではなく、双方向に行き来することがあるとし、例えば、ある人が高次元の欲求の段階にいたとしても、病気などが原因で低次元の欲求が満たされなくなると、一時的に段階を降りてその欲求の回復に向かい、その欲求が満たされて初めて元にいた欲求の段階に戻ることができると考えました。さらに、最高次元の自己実現欲求は特別の欲求で、一度充足したとしてもより強い充足を志向して行動するもの、つまり、満たされ尽くすことはないと考えました。
20110721_A.H.Maslow



2.自己実現欲求と承認の欲求

 このマズローの欲求5段階説について、沼上幹氏は著書「組織戦略の考え方」の中で面白い指摘をしています。マズローの説が人事やマーケティングなどの領域を中心とした実務家に人気がある理由として「ひとつは、豊かになるにつれて徐々により高次の欲求が重要になっていくという欲求の階層性が直感的にも経験的にも理解しやすいこと...もう一つの理由は、自己実現という考え方が美しくて、しかも『安上がり』だということ...各人が勝手に自己実現しようとし続けてくれるので、人事の担当者が世話を焼かなくても良い...。」からだと述べた上で、「生理的欲求が満たされ、安全・安定性欲求が満たされると、なぜか一足飛びに自己実現欲求の充足へと注意が向いてしまう。...実は自己実現欲求の追求という方向が美しく気高く、安上がりであるがゆえに、多くの人がそこに目を奪われ、所属・愛情欲求や承認・尊厳欲求などを忘れてしまうのである。」と述べています。

 沼上氏によれば、「企業組織のような社会システムを運営する上で日常的に一番重要なのは自己実現欲求などではなく、それよりも低位の承認・尊厳欲求である。...多くの人が、上司から、同僚から、部下から、この会社に不可欠な大事な人材なのだと承認され、感謝され、認められたいという気持ちに動かされて行動しているはずである。周りからのまなざしを一切気にせず、黙々と自己実現を追求している組織人など、少なくとも私は見たことがない。」ということになります。そして、この最重要視しなければならない承認・尊厳欲求を満たす術は、必ずしも金銭や地位に限定すべきではなく、「世の中には給料は増やせないけれども、本当に感謝していると、誠意のあるコトバで報いるという方法があるのではないか。ウソのコトバでごまかそうとするのではない。誠意ある真実のコトバで感謝し、承認することに意味がないはずがない。」と主張されるのです。

 このくだりでの沼上氏の結論は、「自己実現という美しくて安上がりなコトバは、その魅力ゆえに多くの人々を惑わせてきた。『地位とカネで報いることが出来ないのであれば、自己実現で報いれば良い』という浅はかな発想が蔓延し、真剣な評価のまなざしと、『頑張ったね』という誠意あるコトバのやりとりが重要だという当たり前のことを忘れさせてしまうのである。」ということになります。


3.財政再建の方法論

 沼上氏の「誠意あるコトバで報いる」などというのは一見子供だましのようにも思えますが、最近になって漠然と考えていたこととも平仄が合ったので長々引用して紹介致しました。それは、もはや待ったなしと小生などは感じている我が国の財政再建に関わる議論です。

 財政支出は、これからも乾いた雑巾を絞る思いで無駄を削ってい行かなければならないでしょうが、歳入の2分の1以上を公債発行に依存する現状は誰がどう考えても異常です。増税は近い将来必至と考えなければなりません。その際、どこを増税するかですが、柱となる税は、(1)所得税、(2)法人税、及び(3)消費税でしょう。この内、国際競争に打ち勝たなければならない(2)の増税は論外だと思うのです。そうでなくとも、経営者の発想が大企業を中心に超円高と電力不足で海外投資を優先する方向に向き易い状況です。国益と日本企業の利益とが一致している状況を全力で維持していかなければなりません。そこで、国際的には比較的低水準と見ることもできる(3)の税率引き上げはやむを得ないというように最近まで安易に考えていたのですが、デフレの蟻地獄から未だに抜け切れていない我が国で消費税引き上げを敢行したら、そこで日本経済は終わってしまう惧れが非常に高いと気付きました。

 そこで、一昔前の新自由主義、市場原理主義の流れには全く逆行するものですが、(1)の累進性の再強化による増税しかないのかなというのが、最近になって漠然と抱いている考えです。このことによる弊害は、お金持ちや優秀な起業家が海外に逃避して行ってしまう可能性が高まることです。そういった事態を少しでも回避するためには何をすれば良いのか。それは、我が国の伝統的な共同体意識を顕在化させ、強固なものにするための努力をすぐに始めること、その一環としてより説得力があって公平な所得の補足手段や社会保障制度を整備すると同時にお金をたくさん稼ぎ、税金をたくさん納めてくれた人を「がんばったね」という誠意のあるコトバで褒め称え、全国民からの感謝の気持ちが伝えられる文化と仕組みを作り出すことなのだろうというようなことを非常に漠然とした考えながら抱き始めていたところだったのです。

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