賠償予定の禁止_(長谷工コーポレーション事件)

1.事案の概要

被告のYは、原告X社の社員留学制度に応募し、試験、論文、面接等の選考を経て合格した。Yは留学生候補として平成2年4月1日から同3年5月末までの1年2箇月の間現業職務を免除され、留学準備に専念した。Xは、本件留学制度の応募者に対し、選考面接の際、退職する場合は費用を返還すべきことを説明し、留学生候補の期間中にも担当者から同様の説明がなされた。さらに、留学先への出発に先立ち、Xは留学中の諸事項の説明を実施し、Yに「帰国後、一定期間を経ず特別な理由なく退職することとなった場合、Xが留学に際して支払った一切の費用を返却する」内容を含む誓約書を提示し、Yは誓約書に署名・捺印していた。

Yは平成5年5月まで米国大学院に留学し、経営学の学位を取得して帰国、同年6月より留学前に所属していた支社に業務復帰したが、平成7年10月末日付けでXを退職した。このため、XはYに対し、留学費用の一切の内、学費の全額を返還するよう求めて提訴した。

2.解 説

長谷工コーポレーション事件(東京地裁平成9年5月26日判決)の論点は、労働基準法第16条(賠償予定の禁止)に関連して海外留学の「業務性の有無」という点です。

労働基準法は、第16条で賠償予定を禁止し、第17条で前借金の禁止を謳っています。具体的にどのような規定かというと;

第16条 使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。
第17条 使用者は、前借金その他労働することを条件とする前貸の債権と賃金を相殺してはならない。

これらは、元々工場労働者が契約期間の途中で退職することに対して予め違約金を定めたり、親の借金のために娘が一定期間無報酬で働くなどといった旧時代的な慣習を典型例として想定しているもので、同法第119条は、違反者に対し6箇月以下の懲役又は30万円以下の罰金を科すとしています。

しかし、本件のように会社が従業員のために留学制度又は研修制度などを設けている場合、留学又は研修等により一定の資格を得た後一定期間内の退職を禁止し、退職した場合には費用の返還を求める契約が違約金の定め又は損害賠償の予定にあたるのかが問題になります。

そこで問題になるのが、留学制度に乗って海外留学し、学位を取得して帰国することが労働契約の中身である業務に当たるかどうかです。留学が業務に当たらないということであれば、留学に関して発生しているXとYとの関係は、労働契約関係とは別個の消費貸借契約が締結されているということになり、この点に関しての労働基準法16条の適用は考えられず、Xの請求が認められることになります。

判決では、本件の場合、目的は大所高所からの人材の育成であり、応募は自由意思によるもので業務命令ではない、留学先の大学院や学部の選定も本人の自由意思に任せられ、留学経験や学位の取得も社員の担当業務に直接役立つものとは必ずしもいえない一方、YにとってはXでの勤務を続けるか否かにかかわらず、有益な経験、資格となる。従って、本件留学制度による留学を業務と見ることはできず、その留学費用を誰が負担すべきかについては、労働契約とは別に当事者間の契約によって定めることができるというべきである旨判示し、Xの主張を認め、Yに留学費用一切の内、学費の支払いを命じています。

つまり、留学制度の目的、留学の応募の自由度、留学先の選択方法、留学経験や学位と担当業務との関係、留学生個人にとって有益な経験、資格であるかどうかを判断基準にして、「業務性の有無」を判断するとしているのです。

この後、大企業の留学制度に関連して、いくつかの判例が積み上げられ、国家公務員の留学に関しては、平成18年6月19日施行の「国家公務員の留学費用の償還に関する法律」が制定され、この法律では、留学期間満了後5年以内に退職した場合、在籍期間を按分して返還を求める内容になっています。

コメント

非公開コメント

トラックバック

http://yokoteoffice.blog130.fc2.com/tb.php/15-7ecb7db2