米国の企業年金とERISA法

 国の年金制度ではマクロ経済スライドが発動され、かといって厚生年金基金制度の事実上の廃止も決定され、我が国の公的年金制度に関しては厳しい状況にあるといわざるを得ない状況です。一方、米国においても国の年金支給開始年齢が67歳に向けて段階的に引上げられるなど、状況は我が国同様ですが、企業年金に関しては「ERISA法」という法律があって、かなり手厚い保護が行われているようです。ERISA法とは、Employee Retirement Income Security Act(従業員退職所得保障法)のことで、米国において1974年に制定された企業年金制度や福利厚生制度の設計や運営を統一的に規定する連邦法のことをこう呼んでいます。ERISA法は、企業年金について、制度に加入している従業員の受給権を保護することを最大の目的としており、(1)加入員や行政サイドに対する情報開示、(2)制度への加入資格や受給権付与の最低基準、(3)年金資産の最低積立基準の設定、(4)制度の管理・運営者の受託者責任、(5)制度終了保険、などが規定されています(企業年金連合会ほHPより引用)。

 社会保険制度のうち、医療保険の分野では国民皆保険を早い段階で実現し、全ての国民が比較的安い費用で高度な医療サーヴィスを受けることができる我が国が米国をはるかにしのいでいることは、良く知られるようになってきています。しかし、企業年金制度に関しては、必ずしもそうではないこと、証券アナリストジャーナル誌の5月号に掲載された論文「企業の財務健全性と年金資産運用(柳瀬・後藤)」で言及されていた内容を覚書程度ですが、紹介しておきたいと思います。

(1)我が国の企業年金制度が米国の企業年金制度と大きく異なる点として挙げるとすれば、次の2点となります。
 ①給付保証の未制度化  ②給付減額の可能性 

(2)給付保証の未制度化
 米国では、ERISA法の下で、PBGC(年金給付保証公社)により、制度終了保険が制度化されています。PBGCは、制度終了保険により、積立不足を伴う年金制度終了に際して、その積立不足を一定限度まで母体企業に代わって給付することを保証しています。それだけではなく、企業に対する変額保険料率が導入されていて、受給権発生済みの未積立債務が大きな企業ほど制度終了保険の保険料が高く設定されています。さらに、同保険において、早期警戒プログラムの下、積立状態が必ずしも十分でない企業に対してモニタリングを行うと共に、各種事前の損失予防策が導入されていることによって、企業からPBGCへの過度なリスクシフトを行うモラルハザードの発生を防ぐ仕組みも制度の中に組み込まれています。一方、我が国の企業年金制度に、制度終了保険のような仕組みは導入されていません。

(3)給付減額の可能性
 ERISAは、受給権確定部分又は未確定部分を問わず、年金の減額を制限しています。一旦、受給権が付与されると、給付減額が事実上不可能な制度設計です。一方、我が国の法律では、労使の合意の下、所轄官庁による認可を得ることができれば、受給権未確定の給付債務だけでなく、受給権確定済みの給付債務ですら減額対象にできる仕組みです(企業年金受給権者の給付減額の問題東電企業年金削減へ)。

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ブラック企業監視に本腰

 今朝は、政府がブラック企業対策に本腰を入れるという報道が新聞・ラジオ等で流れておりました。社名公表の対象になるのは大企業限定とされ、また、取り締まるべき違法行為の対象として100時間を超える違法残業があげられています。一般的に、中小企業基本法第2条で定義された「中小企業」に該当しない企業を「大企業」と定義するとされています。そこで「中小企業」ですが、中小企業基本法第2条は、以下のように定義しています。

(1)資本の額(資本金)又は出資の総額が3億円以下の会社並びに常時使用する従業員の数が300人以下の会社及び個人であつて、製造業、建設業、運輸業その他の業種(次号から第四号までに掲げる業種を除く)に属する事業を主たる事業として営むもの

(2)資本の額又は出資の総額が1億円以下の会社並びに常時使用する従業員の数が100人以下の会社及び個人であつて、卸売業に属する事業を主たる事業として営むもの

(3)資本の額又は出資の総額が5000万円以下の会社並びに常時使用する従業員の数が100人以下の会社及び個人であつて、サービス業に属する事業を主たる事業として営むもの

(4)資本の額又は出資の総額が5000万円以下の会社並びに常時使用する従業員の数が50人以下の会社及び個人であつて、小売業に属する事業を主たる事業として営むもの

 ちなみに、我が国を代表する家電メーカーの一角で、近年極度の経営不振にあえいでいるSHARPが、窮余の策として一時発表していた「資本金1億円まで減資を行う」(後日撤回)というのは、大企業を法的に中小企業化するという目論見だったようです。ただし、こちらは法人税法上の話で、法人税法では一律に資本金1億円以下の企業を中小企業と定義しています。


=== 日本経済新聞電子版 5月15日 ===

 塩崎恭久厚生労働相は15日の閣議後の記者会見で、月100時間超の違法な残業を繰り返す大企業の社名を公表する方針を示した。1年間に3つ以上の事業所で是正勧告を受けた企業が対象となる。18日に全国の労働局長に指示する。従業員に過酷な労働を強いる「ブラック企業」を厳しく監視する。

 社名を公表するのは複数の都道府県に事業所があり、サービス業なら従業員100人以下といった中小企業の要件にあてはまらない会社だ。残業時間が月100時間を超え、労働時間や残業代が法律に違反している長時間労働を取り締まる。違法な残業が10人以上または全体の4分の1以上の従業員に認められる事業所が、1年以内に3カ所以上見つかった場合に是正を勧告し、その時点で社名を公表する。

 これまでは違法な長時間労働を繰り返している企業にも、まず労働基準監督署が是正勧告や改善指導を行い、それでも改善しない悪質なケースのみ書類送検して社名を公表していた。塩崎厚労相は会見で「社名を公表されることを考えれば、企業の行動は変わってくる」と述べた。

太字及び下線は浅草社労士

=== 転載 終わり ===

 ブラック企業がいまだに一部で、それも大企業の中に生き残っていること、そして、家電業界の名門企業の没落など、「景氣回復」は未だ途半ばというところのようです。

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労働者派遣法改正問題

1.労働者派遣法改正案の要点

 労働者派遣法を規制緩和の方向で改正する法案は、平成25年(2013年)後半あたりからたびたび俎上に上せられてきた懸案ですが、今国会(第189回通常国会)で3度目の審議入りとなりました。改正法案の要点は、以下の通りです。

(1)派遣事業の「許可制」一本化
 派遣元企業が常時雇用する労働者のみを派遣する常用型派遣だけを行う「特定労働者派遣事業」に許容されている「届出制」を廃止し、派遣事業は全て「許可制」とします。

(2)派遣労働者の雇用安定及びキャリアアップ
 派遣元は、派遣労働者の雇用継続推進、キャリアアップのために以下の措置を講じることとします。
 ① 派遣労働者に対する計画的な教育訓練、希望者へのキャリア・コンサルティング
 ② 派遣期間終了時における派遣労働者への雇用安定措置
  A 派遣先に直接雇用を申し入れる
  B 新たな派遣先を提供する
  C 派遣会社で無期雇用に転換する

(3)派遣期間無制限26業務廃止
 まず派遣期間に上限のないソフトウエア開発、通訳、秘書又はファイリングなど「26業務」の区分をなくします。区分の廃止により何が26業務にあたるのか分かりづらかった問題を解決し、派遣労働者に仕事を任せやすくするのが目的としています。

(4)派遣期間の無制限化
 その上で、派遣期間の上限は「業務」ごとではなく「人」ごとに変えるとしています。現行法では、専門26業務以外で3年とする上限は、企業が仕事を派遣労働者に任せてよい期間で、1人の派遣労働者が同じ職場で働ける上限ではありません。上限を「人」に改めることで、人を交代すれば、企業は同じ職場で派遣労働者の受け入れを続けられる期間に制限がなくなるというわけです。しかし、こうなると派遣労働者を守ると同時に正規労働が派遣に置き換えられてしまうことから正規労働者を保護するという建前が崩れます。この点は、派遣労働が正規労働を代替しないように、労働者を交代する時に、過半数労働組合等から意見を聴取するよう企業に求めるとしていますが、どこまで実効性が働くのか連合などから疑問の声が上がっているようです。

 また、このような「人」ごとの制限をしたとしても、同一組織の派遣先において、同一人物が3年間人事課に派遣され、次の3年間は経理課に派遣されるということが永遠に繰返されることも可能になるという危惧も残ります。


2.派遣法改正に「10.1問題」

 ただ、今回労働者派遣法の改正が不成立になった場合にも、問題が生じる可能性があるという指摘があります。民主党政権時代の前回平成24年の改正で、法律の公布から3年以内に実施が予定されている「労働契約申込みみなし制度」です。以下は、5月13日の日本経済新聞電子版からの転載記事です。

=== 日本経済新聞電子版 ===

 与野党が真っ向から対立する労働者派遣法改正案を巡り、企業に「10.1問題」への懸念が広がっている。現行法のまま法施行から3年となる10月1日を迎えると、雇い止めや労働紛争が多発しかねないとの問題だ。現行法は2012年10月に施行され、今年10月1日に3年を迎える。問題は、実際の派遣現場では専門業務か一般業務かあいまいなケースがある点だ。企業が派遣社員を専門業務だと考えていても、労働局などが一般業務と判断すれば、10月1日以降には、3年を超えた時点で違法となってしまう。

 加えて、10月には「労働契約申し込みみなし制度」が施行される。3年を超えた違法派遣は、派遣先企業が労働者に直接雇用を申し入れたのと同様だとみなされる。派遣業界からは「こうした事態を恐れ、一部で雇い止めが起きるのではないか」と警戒の声があがる。雇い止めを不満に思った派遣労働者が裁判所に訴えたり、企業が労働局の判断を不当として訴訟するなどの混乱も予想される。厚生労働省は「今回は通してほしい」(同省幹部)と焦りの色を強めている。政府・与党は国会でこうしたリスクを訴えていく方針。自民党の高鳥修一氏は12日の衆院本会議で「雇い止めが生じる可能性も否定できない」と指摘した。民主党は「悪質なプロパガンダだ」と反発している。

 総務省が12日発表した今年1~3月期の労働力調査によると、労働者派遣事務所の派遣社員は120万人で前年同期に比べ4万人増えている。

=== 転載 終わり ===

 同様の指摘は、月刊社労士4月号でも「労働契約申込みみなし制度を見据え9月施行」(51頁)の記事でもなされています。要するに、この制度の対象となる違法派遣は、(1)労働者派遣の禁止業務に従事させる(①港湾運送業務、②建設業務、③警備業務、④医療関係業務など)、(2)無許可の事業主から労働者派遣を受け入れる、(3)派遣可能期間を超えて労働者派遣を受け入れる、(4)偽装請負となる場合なのですが、(3)はいまひとつ基準が明確でない例外26業務の規定を残しておくと、日経紙の指摘の通り「企業が派遣社員を専門26業務だと考えていても、労働局などが非26業務と判断すれば、10月1日以降には、3年を超えた時点で違法となってしまう。」可能性が高く、その結果、違法状態が発生した時点で派遣先が派遣労働者に対して労働契約の申込みをしたとみなす「労働契約申込みみなし制度」が発動してしまうことになるというのです。

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パートタイム労働法改正の要点

 新年度が始まって1箇月が過ぎました。今月からいわゆるクールビズというやつで、ネクタイが必須でなくなった事業所も多いのではないかと思います。かくいう浅草社労士も拘束されるのはことごとく嫌いなので、ネクタイなしは助かります。ネクタイの起源は防寒具の一種だったとの説もあるくらいで、だとすれば、日本の夏にネクタイを締めなければならないというのは、拷問のようなものです。

 さて、新年度から改正法が施行された労働法関係の法律の一つがパートタイム労働法です。平成27年4月1日施行のパートタイム労働法の主な改正点は、以下の通りです。


1.パート労働者の公正な待遇の確保

(1)「待遇原則」に関する規定の新設(法第8条)

 事業主が、パートタイム労働者の待遇を同一の「事業所」に雇用される通常の労働者(いわゆる正社員)の待遇と相違するものとする場合は、その待遇がそのパートタイム労働者の職務の内容、人材活用の仕組み・運用等の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならない

(2)均等待遇に関する要件の緩和(法第9条)

 パートタイム労働者が通常の労働者と同視されるための要件として、これまで「職務内容が、通常の労働者と同一であること」、「雇用関係終了までの全期間につき、人材活用の仕組みと運用が、通常の労働者の場合と同一であること」に加えて、「(実質的に)期間の定めのない労働契約を締結していること」の3要件を挙げ、これら全てを満たす必要がありました。しかし、今回の改正で「(実質的に)期間の定めのない労働契約を締結していること」は、要件から撤廃され残りの2要件を満たせば、パートタイム労働者が通常の労働者と同視されることになりました。

(参 照) 労働契約法 第20条
有期労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件が、期間の定めがあることにより同一の使用者と期間の定めのない労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件と相違する場合においては、当該労働条件の相違は、労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならない。



2.パート労働者の納得性を高めるための措置

(1)雇入れ時の説明義務 (法第14条1項)

 事業主は、パートタイム労働者を雇用したとき(更新時を含む)は、雇用管理の改善措置の内容について、当該パートタイム労働者に対して説明しなければならなくなりました。説明すべき事項は、「通常の労働者と同視すべきパートタイム労働者の均等待遇(法第9条)」、「賃金、教育訓練、福利厚生に関する均衡待遇(法第10条~第12条)」、「通常の労働者への転換(法第13条)」であり、説明方法は口頭による説明会等でもよいとされ、必ずしも文書を提示することまでは要求されていません。

(2)相談体制の整備 (法第16条)

 事業主は、パートタイム労働者の雇用管理の改善等に関する事項について、パートタイム労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備を行わなければなりません。この相談窓口の設置に関しては、雇入れる者に対して文書の交付等による明示が必要とされています。

(参 照) 文書による明示事項
労働基準法 ⇒ 契約期間、仕事の場所・内容など
パートタイム労働法 ⇒ 昇給、賞与、退職手当の有無 + 相談窓口

パートタイマー用の労働条件通知書


3.法の実効性を担保するための措置

(1)違法事業主名の公表制度の新設 (法第18条2項)

 厚生労働大臣は、雇用管理の改善措置に関する規定に違反する事業主につき、勧告を行います。この勧告に従わない事業主については、構成労働大臣が、その事業主名を公表することができるようになりました。

 雇用管理の改善措置に関する規定とは、「文書の交付等による特定事項の明示(法第6条1項)」、「通常の労働者と同視すべきパートタイム労働者の均等待遇(法第9条)」、「職務遂行に必要な教育訓練、福利厚生に関する均衡待遇(法第11条・第12条)」、「通常の労働者への転換(法第13条)」、「雇入れ時等の説明(法第14条)」、「相談体制の整備 (法第16条)」などです。

(2)報告義務違反に対する過料の新設(法第30条)

 事業主が、厚生労働大臣に対する報告をせず、又は虚偽の報告をしたときは、20万円以下の過料に処することになりました。また、特定事項の文書による明示義務違反に対する10万円以下の過料の規定(法第31条)については、従来通りです。

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