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労災認定と安全配慮義務違反

1.安全配慮義務違反の本質

 これまで、特に「心の健康」問題との関連で労災認定の問題については、何度か採り上げて来ました。
心理的負荷による精神障害の労災認定基準_2012年1月13日
心理的負荷による精神障害の労災認定基準_2012年7月28日
心理的負荷による精神障害の労災認定基準(2)_2012年8月2日

 ところで、従業員が業務に起因すると思われる原因で精神疾患を罹患した場合、労災認定の問題とは別に、民事上の損害賠償請求の問題が生じると考えられます。この問題に関して、月刊社労士9月号でも採り上げられておりましたので、記事を参考に基本的な考え方をまとめておきたいと思います。

 まず、民事上の損害賠償請求権発生の根拠ですが、債務不履行責任及び不法行為責任の2つが挙げられます。この2つは、請求の仕方又は道筋の違いということですが、実務上大切なことは、消滅時効に関して不法行為責任が3年と比較的短いのに対して、債務不履行責任が10年であるという点です。そこで、時効の長い債務不履行責任の追及ということになりますが、労働契約法第5条は、「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。」と明確に使用者の労働者に対する安全配慮義務を謳っております。今日では、この条文を根拠に、使用者に対して債務不履行責任を追及することが一般的になっています。


2.安全配慮義務違反の要件

 債務不履行責任としての安全配慮義務違反を追求するための要件は、次のようになります。

(1)雇用契約の締結によって一定の法律関係に入ったと認められること
(2)使用者側に安全配慮義務が存在し、使用者がその義務に違反したこと、すなわち、使用者側の一定の危険「予見可能性」を前提として、その回避義務を怠ったといえること
(3)休業損害、治療費、慰謝料等の損害の発生及びその額が特定できること
(4)(2)の安全配慮義務違反と(3)の損害の発生との間に相当因果関係が存在すること


3.安全配慮義務違反の労災認定との違い

 (2)で述べている安全配慮義務違反とは、民事上の損害賠償制度の枠組みの中で使用者の有責性を前提とし、個別的な事案について使用者の義務の内容と故意又は過失の有無の具体的な認定作業を行った結果、判定されるべきことです。要するに、安全配慮義務違反による損害賠償請求の根拠が債務不履行責任(民法415条)である以上、使用者側の故意又は過失という有責性の問題を検討する余地があるということです。従って、債権者たる労働者側に過失又は個別的要因等がある場合には、過失相殺又は個別的要因等の寄与率の考え方に基づき損害賠償額が減額されうることになります。

 これに対して、労働者災害補償制度は、職場に内在する業務に伴う危険の現実化によって労働者が被る負傷、疾病、障害及び死亡等に対して一定の災害補償を行うことによって、労働者及びその家族の生活を保障する制度です。従って、労災認定は、あくまでも発生した原因と結果の間の業務起因性(相当因果関係)により行われることになっており、使用者側の故意又は過失責任の有無が直接的に問われることはありません。換言すると、被災労働者の従事していた業務に内在しかつ随伴する危険性の発現した結果の傷病等と認められる限りにおいて有責性を肯定する「危険責任の法理」が適用されている場面ということができます。また、労災給付に当たっては、過失相殺又は個別的要因等の寄与率の考え方に基づく給付額の減額等の制度は存在せず、支給されるか否かだけの問題になります。

 ここで「危険責任の法理」というのは、結果が出ている以上、そういう結果をもたらすような原因が内在していることはわかっていたはずであり、予見可能性はあったとして、広く責任を認めていこうという考え方と解します。

 このように、安全配慮義務違反による損害賠償の問題と労災認定の問題は、切り離して検討されるべき事柄ではありますが、両者は密接に関連しているといわざるを得ません。精神疾患等で労災が認定されたということは、すなわち「心理的負荷による精神障害の労災認定基準」に明示されているような要件に該当したということを意味します。ところで、「心理的負荷による精神障害の労災認定基準」くらいは経営者ならば誰もが知っている周知のことと推定されますので、労災認定案件は予見可能性ありとの判定もされやすくなったと考えられ、ここから、安全配慮義務違反による損害賠償請求がより認められやすくなってしまったと考えるべきなのです。
(参 考)「企業のメンタルヘルス対応と安全配慮義務」安西 愈(月刊社労士9月号6頁)

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第3号被保険者記録不整合救済措置の施行

 社会問題にもなった「第3号被保険者記録不整合」問題は、「公的年金制度の健全性及び信頼性の確保のための厚生年金保険法等の一部を改正する法律」が本年6月19日、参院本会議で自民、民主両党などの賛成多数で可決、成立したことことによって救済策が講じられることとなったことは7月15日付け「第3号被保険者記録不整合問題決着へ」で既に紹介しました。

 この問題及び救済措置については、いまひとつ分かりにくいところがありますので、日本年金機構による図も使って簡単に復習しておきたいと思います。

1.第3号被保険者の定義は、「第2号被保険者の配偶者であって、主として第2号被保険者の収入により生計を維持するもの(第2号被保険者である者を除く。以下「被扶養配偶者という)のうち20歳以上60歳未満のもの」ということです。第3号被保険者の届出は、第2号被保険者が勤務する事業所経由で行われますが、第2号被保険者が退職した場合、離婚した場合、65歳を超えて年金受給権者になった場合、又は第3号被保険者であった者の年収が増えたことなどによって被扶養配偶者でなくなった場合など、第3号被保険者から第1号被保険者への種別変更の届出を行い、自分で保険料の納付を行う義務が生じます。しかし、保険料の納付は、時効が2年であり届出から過去2年超遡及して納付することができないため、長期間の不整合期間がある場合、種別変更を行うことによって未納期間が発生することになるときがあります。

 上記のような事例が「第3号被保険者記録不整合問題」でしたが、法改正により本年7月1日から、一定の手続をとることにより、種別変更を行うことによって発生する未納期間を受給資格期間に算入することができるようになっています。ここでいう「受給資格期間」とは、年金額を算定する材料にはならないが受給資格25年などを算出するための数合わせには使える期間という意味で、一種の「合算対象期間」ということでよいと思います。

20130701_第3号切替救済措置

2.1で述べたような形で受給資格期間となった期間については、平成27年4月1日から平成30年3月31日までの期間に限り特例追納もできることになっています。平成27年4月1日から平成30年3月31日までの間において、厚生労働大臣の承認を受け、受給資格期間となった期間のうち、特例追納をする時点で60歳以上の者は、50歳以上60歳未満の期間、又は、60歳未満の者は、承認の日の属する月前10年以内の期間について、特定保険料(各月の保険料に相当する額に政令で定める額を加算した額等。)の納付が可能とされ、保険料を納付して年金額を増額する途が開かれています。

雇用規制緩和特区、断念へ

 先日、安倍政権は、有期雇用の労働者が同じ企業で5年を超えて働いた場合、希望すれば期限の定めのない雇用契約に切り替えることを企業に義務づけた労働契約法について、非正規で雇用できる期間を10年にまで更新できるよう「変更」を目指すとして、改正されたばかりの労働契約法の「変更」を目指す方針を固めたという報道が流れました。

 しかし、この有期労働契約の無期労働契約への転換権を定めた18条については、使用者側が5年を超えて有期労働者を雇用することに慎重になり、かえって有期労働者の権利が損なわれることになりはしないかと危惧されていました(改正労働契約法 改正18条をめぐって_その2)。有期雇用で雇用できる期間を5年から10年の更新まで延長するということの中には、このような意味合いも含まれてはいたのでしょうが、何やら本末転倒した議論のように感じてしまいます。

 また、本日の読売新聞が伝えるところによれば、「政府は16日、成長戦略の柱に位置づける「国家戦略特区」で導入する規制緩和について、焦点となっていた「解雇ルール」など、検討してきた雇用に関する全3項目を見送る方針を固めた。」とのことです。地域を限定して大胆に規制緩和を進める「国家戦略特区」での緩和項目を巡っては、政府の国家戦略特区ワーキンググループが選定作業を進めてきた模様です。

 雇用に関する3項目とは、

(1)労働者と経営者間で解雇の条件を事前に契約書面で決める「解雇ルールの明確化」
(2)有期契約で5年超働いた労働者が本来、無期契約を結べる権利をあらかじめ放棄できる「有期雇用の特例」
(3)一定水準以上の収入がある人の残業代をゼロにできる「ホワイトカラー・エグゼンプション」導入を視野に入れた「労働時間ルールの特例」

の3項目であり、外国企業や新興企業が進出しやすくすることが目的とされています。

 しかし、(1)についていえば、我が国における「解雇権濫用法理」は、共同体的社会の成立ちや強い同朋意識など歴史的な背景をも基礎にして生み出された我が国固有の規範であり、そのような背景を有すると思われる「解雇権濫用法理」をなし崩し的に放棄してよいものか、という問題が即座に想起されます。

 また、(2)の有期雇用の期間制限は、企業が労働者にとって不安定な有期雇用契約を安易に選択することを牽制し、できる限り期限の定めのない正規雇用の労働を増やしていこうというのが本来の法改正の趣旨であったはずです。(3)の「ホワイトカラー・エグゼンプション」については、ただでさえサーヴィス残業が社会問題になるような我が国の労働慣行及び土壌において、制度が導入されれば残業代なしで労働者に長時間労働を強いることになりかねないとの懸念が根強くあります。

 こうした中、政府は10月16日、成長戦略の柱に位置づける「国家戦略特区」で導入する規制緩和について、焦点となっていた雇用に関する全3項目を見送る方針を固めました。いずれも労働者の権利保護を掲げた労働契約法などを根本から覆す内容で、「労働規制は全国一律でなければ企業競争に不公平が生じる」などと反発してきた厚生労働省などの主張に配慮した結果のようです。

 ところが、この読売新聞の報道は、片手落ちでNHKによれば、
「政府は、大胆な規制緩和を行う『国家戦略特区』の創設にあたって、雇用分野も対象にすることを検討してきましたが、全国一律の規制を求める厚生労働省が難色を示していたことから、安倍総理大臣や新藤総務大臣ら関係閣僚が、16日会談し、対応を協議しました。その結果、企業の競争力を強化するためには、雇用分野の規制の緩和を進める必要があるとして、当初の方針を転換して、国家戦略特区ではなく、全国一律に規制緩和を進める方針を確認しました。」ということのようです。

 要するに、アルバイトや契約社員などの非正規雇用として10年間は労働者を雇うことができるように法改正を目指す方針を政府を固めたこと、これが真相のようです。

非正規雇用から正社員になる上限、5年から10年に延長へ

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特例水準の年金額解消の先にあるもの

 前回記事(特例水準の年金額引下げ(平成25年10月))の続きです。特例水準の年金額の解消は、今後の物価動向が政府の目指しているようなインフレ傾向にならなくても、平成26年4月に1%、10月に0.5%、それぞれ引下げられることで強制的に実施されることになっています(年金額特例水準引下げについて_2012年11月11日)。

 そうすると、物価水準が現在のような状態で推移していくと、来年の10月の年金額は、老齢基礎年金を例に取ると、およそ次のような額になります。

 物価スライド特例水準の年金額 ≒ 804200円 × 0.954
 0.954 ≒ (平成11年以後の平成17年度までの物価スライド率0.985)×(1-0.004)×(1-0.003)×(1-0.01)×(1-0.015) ≒ 0.954

 804200円 × 0.954 ≒ 767200

 さて、話はここで終わりではありません。平成26年10月をもって特例水準はめでたく(?)解消となるのですが、この間は「物価スライド特例措置」なるものが有効であったため、本来の年金額よりもかなり多目の年金額が支給されてきていたのです。しかし、この特例水準の解消は、平成17年から施行されなければならないはずだった「マクロ経済スライド」が初めて顕在化してくることを意味します。マクロ経済スライドとは何かとというと、従来からあった年金額改定の仕組みが賃金及び物価増減率のみを考慮していたのに対し、マクロ経済スライドではこれらに加えて、労働力人口(被保険者数)の減少及び平均余命の伸びをも考慮に入れて、平成35年度末まで年金額の上昇を抑制する仕組みです。

 つまり、少なくとも今後10年間は、賃金及び物価の上昇率を労働力人口の減少及び平均余命の伸びで値切った末に出てきた改定率Aが採用され、総年金支給額の増加抑制が実施されることを意味します。老齢基礎年金を例に話をすると、年金額は次の式で決定するとされています。

 780900円 × 改定率A

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特例水準の年金額引下げ(平成25年10月)

 本来は、その後の物価上昇時に年金額を増額しないことで吸収するはずだったのが、デフレの蟻地獄に陥ってしまったために「過去の物価下落時に年金減額を据え置いた結果、本来の支給額より2.5%高くなっている特例水準」の年金額について、その解消がこの10月から開始となりました(年金額の特例水準引下げについて 2012年11月11日)。

 10月1日からの主な年金額は、下表の通りです。また、年金額がどのような考え方で算出されているか、老齢基礎年金を例に説明すると、以下のようになります。

 物価スライド特例水準の年金額 ≒ 804200円 × 0.968

 804200円とは平成12年改正後の年金額であり、今回0.968となった改定率は、物価が上昇しても据え置かれた-1.7%を解消するまで物価上昇率を反映させず、物価が下落したときにだけ改定率を引き下げるというものでした。実際に物価が下落した場合の改定率変更の方法ですが、直近の年金額改定時の物価水準を下回った分を引き下げるということになっていて、改定のあった平成17年度の翌18年度から見ていくと、前年の平成17年の物価水準からの物価増減率は、18年+0.3%(物価上昇なので年金額据え置き)、19年±0、20年+1.4%(物価上昇なので年金額据え置き)、21年-1.4%、そして22年-0.7%でしたので、23年度分になって初めて平成17年の物価水準を0.4%下回ることになり、その分の年金額が引き下げられ、さらに23年は-0.3%の物価下落だったため、24年度にも引き下げられています。そして、25年度4月は据え置きだったものの、この10月1日から、物価水準とは無関係に1%引き下げられたというわけです。

 その結果、(平成11年以後の平成17年度までの物価スライド率0.985)×(1-0.004)×(1-0.003)×(1-0.01) ≒ 0.968 の改定率が導かれました。

 なお、厚生年金保険の年金額については、厚生年金基金の代行部分とは何か(2012年6月3日)を参照してください。

全国消費者物価指数と保険料_convert