心理的負荷による精神障害の労災認定基準

 厚生労働省は、平成23年12月26日付けで「心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針」(平成11年9月14日発出、平成21年4月6日改正)を改正し、名称も「心理的負荷による精神障害の認定基準」に変更しています。認定基準と旧判断指針とでは、基本的な考え方は変わっていません。ここでは、基本的な考え方のおさらいと長時間労働の位置付けについてまとめておきたいと思います。


1.基本的な考え方

 認定基準では、次の要件のいずれをも満たす場合に、労働基準法施行規則別表第1の2第9号に該当する業務上の疾病であると認定します。この考え方自体は、旧労働省時代の平成11年9月14日付け「心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針」からの変更はありません。

(1)対象疾病(註)を発病していること。
(2)対象疾病の発病前概ね6箇月間に、業務による強い心理的負荷が認められること。
(3)業務以外の心理的負荷及び個体側要因により対象疾病を発病したとは認められないこと。

 この認定要件の基本にあるのは、発病に至る原因が、環境由来の心理的負荷(ストレス)と、個体側の反応性、脆弱性との関係で精神的破綻が生じるかどうかによるという考え方です。つまり、心理的負荷が非常に強ければ、個体側の脆弱性が小さくても精神的破綻が起こるし、逆に脆弱性が大きければ、心理的負荷が小さくても破綻が生ずるとする「ストレス-脆弱性理論」に依拠しているのです。

 「ストレス-脆弱性理論」に基づき、心理的負荷による精神障害の業務起因性を判断する要件としては、対象疾病の発病の有無、発病の時期及び疾患名について明確な医学的判断があることに加え、当該対象疾病の発病の前、概ね6箇月間に業務による強い心理的負荷が認められることを掲げています。この場合の強い心理的負荷とは、精神障害を発病した労働者がその出来事及び出来事後の状況が持続する程度を主観的にどう受け止めたかではなく、同種の労働者が一般的にどう受け止めるかという観点から評価されるものであり、「同種の労働者」とは職種、職場における立場や職責、年齢、経験等が類似する者をいうとされています。

 さらに、これらの要件が認められた場合であっても、明らかに業務以外の心理的負荷や個体側要因によって発病したと認められる場合には、業務起因性が否定されるとしています。

 (2)の「対象疾病の発病前概ね6箇月間に、業務による強い心理的負荷が認められること」とは、対象疾病の発病前、6箇月の間に業務による出来事があり、当該出来事及びその後の状況による心理的負荷が、客観的に対象疾病を発病させるおそれのある強い心理的負荷であると認められることをいいます。このため、業務による心理的負荷の強度の判断に当たっては、精神障害発病前概ね6箇月間に、対象疾病の発病に関与したと考えられる業務によるどのような出来事があり、また、その後の状況がどのようなものであったのかを具体的に把握し、それらによる心理的負荷の強度はどの程度であるかについて、「業務による心理的負荷評価表」(以下「心理的負荷評価表1」という)を指標として「強」、「中」、「弱」の三段階に区分していきます。

 なお、心理的負荷評価表1における三段階区分の意味は次のように定義されています。心理的負荷の総合評価が「強」とは業務による強い心理的負荷が認められることを意味し、業務による強い心理的負荷が認められないものを「中」又は「弱」と表記しています。「弱」は日常的に経験するものであって一般的に弱い心理的負荷しか認められないもの、「中」は経験の頻度は様々であって「弱」よりは心理的負荷があるものの強い心理的負荷とは認められていないものをいいます。心理的負荷評価表1において、総合評価が「強」と判定された場合、要件(2)を満たしているものと認定します。

(註)対象疾病の発病の有無、発病時期及び疾患名は、「ICD-10 精神及び行動の障害 臨床記述と診断ガイドライン」(以下「診断ガイドライン」という)に基づき、主治医の意見書や診療録等の関係資料、請求人や関係者からの聴取内容、その他の情報から得られた認定事実により、医学的に判断されます。特に発病時期については特定が難しい場合がありますが、そのような場合にもできる限り時期の範囲を絞り込んだ医学意見を求め判断します。なお、強い心理的負荷と認められる出来事の前と後の両方に発病の兆候と理解し得る言動があるものの、どの段階で診断基準を満たしたのかの特定が困難な場合には、出来事の後に発病したものと取り扱います。
ICD-10 第Ⅴ章 精神及び行動の障害


2.時間外労働時間数の評価

 認定基準では、心理的負荷評価表1には、出来事の類型③仕事の量・質、具体的な出来事「1箇月に80時間以上の時間外労働を行った」(項目16)が新たに追加されました。この項目については、心理的負荷強度「Ⅱ」で、そのままだと心理的負荷の総合評価が「中」と判定されます。なお、ここでいう時間外労働時間数とは、週40時間を超える労働時間数のことと定義されていまが、長時間労働が認められる場合には、主に時間外労働時間数によって、きめ細かく心理的負荷の総合評価を判断することが決められています。

 第1に、極度の長時間労働は、心身の極度の疲弊、消耗を来し、そのこと自体がうつ病等の原因となることから、発病日から起算した直前の1箇月間におおむね160時間を超える時間外労働を行った場合等には、当該極度の長時間労働に従事したことのみで、心理的負荷の総合評価を「強」としています。

 第2に、直前の1箇月間におおむね160時間を超える時間外労働には該当しないが、長時間労働以外に特段の出来事が存在しない場合に、長時間労働それ自体を「出来事」とし、項目16を見て行きます。項目16の平均的な心理的負荷の強度は前述の通り「Ⅱ」ですが、発病日から起算した直前の2箇月間に1月当たりおおむね120時間以上の時間外労働を行い、その業務内容が通常その程度の労働時間を要するものであった場合等には、心理的負荷の総合評価を「強」とすることになっています。項目16では、「仕事内容・仕事量の(大きな)変化を生じさせる出来事があった」(項目15)と異なり、労働時間数がそれ以前と比べて増加していることは必要な条件ではありません。

 なお、他の出来事がある場合には、時間外労働の状況は総合評価において評価されることから、原則として項目16では評価しないことになっています。ただし、項目16で「強」と判断できる場合には、他に出来事が存在しても、この項目でも評価し、全体評価を「強」とします。

 第3に、他の出来事がある場合において恒常的長時間労働が認められるときの総合評価です。出来事に対処するために生じた長時間労働は心身の疲労を増加させ、ストレス対応能力を低下させる要因となることや、長時間労働が続く中で発生した出来事の心理的負荷はより強くなることから、出来事自体の心理的負荷と恒常的な長時間労働(月100時間程度となる時間外労働)を関連させて総合評価を行います。具体的には、「中」程度と判断される出来事の後に恒常的な長時間労働が認められる場合等には、心理的負荷の総合評価を「強」とします。

 また、具体的出来事の心理的負荷の強度が労働時間を加味せずに「中」程度と評価される場合であって、出来事の前に恒常的な長時間労働(月100時間程度となる時間外労働)が認められ、出来事後すぐに(出来事後おおむね10日以内に)発病に至っているとき、又は、出来事後すぐに発病には至っていないが事後対応に多大な労力を費しその後発病したときは、総合評価は「強」となります。

 さらに、具体的出来事の心理的負荷の強度が、労働時間を加味せずに「弱」程度と評価される場合であっても、出来事の前及び後にそれぞれ恒常的な長時間労働(月100時間程度となる時間外労働)が認められる場合にも、総合評価は「強」となるとされています。

イチロー選手移籍について思うこと

 昨日7月24日の朝に飛び込んできた「イチロー、Yankeesに移籍」の報道は、驚きをもって受け取られ、一日中その話題に話が尽きない様相でしたが、一夜明けた今日になると、冷めた目の裏事情に関する記事なども目に入るようになっています。「20代前半の選手が多いマリナーズで、来年以降、僕はいるべきではないのではないか。僕自身も環境を変えて刺激を求めたいという強い思いがあった。そうであるならばできるだけ早くチームを移るというのが僕の決断だった」という一見洗練された表現は、「マリナーズとの契約は今季限りで(来季居場所がなくなるかもしれない球団事情を察知して)、7月31日のトレード期限を前に、自ら進退を決する形となった」という意味に取れます。

 イチロー選手の大リーグにおける軌跡が偉大なものであることは、誰も否定できないものです。いまだに記憶に鮮明に残る大リーグ年間最多安打記録の更新や前回のWBCにおける決勝打などの活躍は、同じ日本人として誇らしく思えます。

 それらの功績を十分認めた上で、小生はイチロー選手について疑問を持っています。その一つが、天才打者イチローの言葉は分かりにくいということです。野球好きならば誰でも、1回や2回、イチロー選手のインタヴュー記事を読んだことがあると思います。小生は、言いたいことを敢えて分かりにくく、持って回ったような言い回しで表現しているように感じられて、この人は他人と意思疎通をするつもりで話をしているのだろうか、と言う印象を持っています。同じく何を言っているのかよく分からないような大選手がかつていましたが、その選手が持っていた愛嬌もイチロー選手には期待できません。普通、小難しいことを分かり易く話せる人が本当に頭の良い人だということですが、少なくとも意思の疎通ということに関しては、その逆を行っているような感じがします。

 野球選手の38歳というのは、さすがに衰えが顕在化してくる年齢なのだろうと想像します。この年代になってもなおチームに残留を求められる選手(もちろん一流選手に限られるのでしょうが)の資質とは、思うに、技術プラスアルファーの部分、すなわち、現場でチームを率いる指導力、若い選手の手本になるような人間力など「心」の部分でしょう。プロスポーツ選手にとって、大相撲でいう「心技体」の充実は、この順番で常に重要な成功の鍵です。個人単位の選手としてのイチローは、充実した「心技体」を維持してきたからこそ、偉大な成績と記録を残してこられたのです。しかしながら、所属チームのマリナーズがどうだったかというと、移籍の年の2001年シーズンは記録的な勝率で地区優勝を飾ってはいますが、その後は万年最下位か、せいぜいBクラスが定位置の弱小球団に甘んじていることは、誰もが知るところです。この事実からすると、イチロー選手の活躍がチームの活性化や成長にはほとんど役に立ってこなかったという言い分にも一理あるように思えてなりません。もちろん、偉大なイチローの後姿を見ても何も感じないどうしようもない選手ばかりの最低のチームがマリナーズで、イチロー選手はその中にあって孤軍奮闘してきたのだとの反論もありなのですが...。

 そういう反論があるにしても、イチロー選手については、選手としての入力(練習)と出力(試合での活躍)において十分な超一流の職人だったのですが、管理職としての出力(部下の教育及び指導力)が決定的に不足したベテラン選手と見られているのではないかと、その表現の分かりにくさから勘繰ってしまった次第です。今後の新天地ニューヨークでの大活躍と悲願のWシリーズ出場が果たせるよう祈るばかりです。

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「フランス革命の省察」を読んで

 223年前の1789年の今日、英語では“The storming of the Bastille”と呼ばれる事件が勃発し、仏革命の口火が切られました。今日の教科書で習う仏革命は、「自由、平等、博愛」をその理念に掲げ、人類の進歩に貢献した出来事として肯定的に教えられているように記憶しています。しかし、海峡を隔てた隣国の島国で、大陸で進行している急進的な革命を保守主義の立場から徹底的に批判した老練な政治家がいたことを、今日の学校教育で習うことはありません。

 彼の名はエドマンド・バーク(“Edmund Burke”)、アイルランド生まれの英国の政治家です。バークの著書“Reflections on the Revolution in France”(「フランス革命の省察})は、仏革命勃発から1年以上経過した1790年11月にロンドンで刊行されています。著書の中で、バークは多大な犠牲と流血の末に成し遂げられた急進的な革命に保守主義の立場から批判を加え、警鐘を鳴らしています。本書は、200年以上前に刊行された古典的名著を佐藤健志氏が時代背景を踏まえて現代日本語に再構成、翻訳したもので、大変読み易く、興味深い読み物になっています。

 今日の現代社会においても輝きを失わないバークの言葉をいくつか長々と引用します(下線は小生が勝手に引いたものです)。

 「『革新』に憧れる精神とは、たいがい身勝手で近視眼的なものである。おのれの祖先を振り返ろうとしない者が、子孫のことまで考えに入れるはずがない。イギリス人は、自由や権利を相続財産のように見なせば、『前の世代から受け継いだ自由や権利を大事にしなければなえらない』という保守の発想と、『われわれの自由や権利を、後の世代にちゃんと受け継がせなければならない』という継承の発想が生まれることをわきまえていた。そしてこれらは、『自由や権利を、いっそう望ましい形にしたうえで受け継がせたい』という、進歩向上の発想とも完全に共存しうる。」
 「いかなる時点においても、人類の全てが老いているとか、壮年だとか、あるいは若いとかいうことはない。衰退と死、再生と成長が絶えず繰り返される結果、人類は変わることなく安定した状態を保つのだ。この特徴を国家にあてはめれば、『改革がなされても社会全体が新しいわけではなく、伝統が保守されても社会全体が古いわけではない』状態が達成される。かかる原則を踏まえ、柔軟性を持ちつつ祖先につながるのは、時代遅れの迷信に執着することに非ず、『自然になぞらえて国家をつくる』という哲学を重んじることに等しい。同時にそれは、『相続』の概念を基盤にする点で、国家を家族になぞらえることにもつながる。わが国の憲法は、血縁の絆に基づいたものという性格を帯び、さまざまな基本法も、家族の情愛と切り離し得なくなる。国家、家庭、伝統、宗教、それらが緊密にかかわり合いながら、ぬくもりに満ちたものとなるのである。」
 「自由を相続財産とみなすことは、ほかにも少なからぬメリットを伴う。過ちを犯しやすく、行き過ぎに陥りやすいのが自由の特徴だが、偉大なる先祖の面々が自分の振る舞いをつねに見ていると思えば、これにも責任感や慎重さという歯止めがかかろう。過去の世代から自由を受け継いだという姿勢は、われわれの行動におのずから節度と尊厳をもたらす。 (中略) 長い歴史を持つ制度や偉大な先祖がつくり上げた制度は重んじられるべし、である。自由や権利は、観念的な推論ではなく自然な本能を基盤とすべきではないか。小賢しい知恵よりも、胸に染み入る感情を踏まえるのがふさわしい。フランスのインチキなインテリどもがいかに頭をひねろうとも、合理的で立派な自由を保持する上で、これ以上適切なシステムを考えつくはずはない。」(「国家には保守と継承の精神が必要」65頁~67頁)

 「連中の手にかかると、経験に頼るのは学がない証拠になってしまう。しかも彼らは、古来の伝統や、過去の議会による決議、憲章、法律のことごとくを、一気に吹き飛ばす爆弾まで持っている。この爆弾は『人権』と呼ばれる。長年の慣習に基づく権利や取り決めなど、人権の前にはすべて無効となる。人権は加減を知らず、妥協を受けつけない。人権の名のもとになされる要求を少しでも拒んだら、インチキで不正だということにされてしまうのだ。」(「『人権』は爆弾テロに等しい」91頁)

 「フランス国民議会が改革と称して、既存の制度の廃止やら全面的破壊やらにうつつを抜かしているのも、困難に直面できないせいで現実逃避を図っているにすぎない。物事をぶち壊したり、台無しにすることは、手腕ではなく腕力があれば十分だ。そんなことに議会はいらぬ、暴徒にやらせておけばよい。バカであろうと粗野であろうと、何も困りはしないのである。切れて逆上した連中は、ものの30分もあれば、すべてをめちゃくちゃにしてしまう。これを埋め合わせるのには、英知と先見性を持った者たちが、100年にわたって熟慮を重ねても足りない。」
 「前例のないことを試すのは、実は気楽なのだ。うまくいっているかどうかを計る基準がないのだから、問題点を指摘されたところで『これはこういうものなんだ』と開き直ればすむではないか。熱い思いだの、眉唾ものの希望だのを並べ立てて、『とにかく一度やらせてみよう』という雰囲気さえつくることができたら、あとは事実上、誰にも邪魔されることなく、やりたい放題やれることになる。対照的なのが、システムを維持しつつ、同時に改革を進めてゆくやり方である。この場合、既存の制度にある有益な要素は温存され、それらと整合性を考慮したうえで、新たな要素が付け加えられる。ここでは大いに知恵を働かせなければならない。システムの各側面について忍耐強く気を配り、比較力や総合力、さらには応用力を駆使して、従来の要素と新しい要素をどう組み合わせたらいいか決めることが求められるのだ。また人間は、あらゆる改善を頑固に拒んだり、『いまのシステムには飽き飽きした』と軽率に見切りをつけたがったりもするので、その手の主張にもじっくり対処してゆく必要が生じる。」(「すべてを変えるのは無能の証拠」196頁~198頁)

 ここ10数年間の標語政治や「抜本的改革」に踊らされて愚行を繰り返してきた経験を踏まえると、まことに耳が痛いバークの言葉です。しかし、東西にの果てに位置する2つの島国では、先達たちが「名誉革命」又は「明治維新」という、世界史標準からすれば奇跡に近い水準で対立抗争と流血の惨事を回避しつつ大きな社会改革を成し遂げた実績があります。バークの言うところの「『前の世代から受け継いだ自由や権利を大事にしなければなえらない』という保守の発想と、『われわれの自由や権利を、後の世代にちゃんと受け継がせなければならない』という継承の発想」をもう一度噛みしめて(そのためには、母国の歴史をしっかりと学ぶ必要があることは明らかです)、現在、目前に展開されている問題を見て、判断して、対応していく必要を強く感じました。

肩の力を抜け

 朝、よく通る道を自転車をこいで走っているときに、ふと、昔々サラリーマンをしていた頃の出来事を一つ思い出しました。

 多分、日本ではまだバブル景気に興じていた頃だと思います。機会があって、空気銃なるものを使ってのクレー射撃をやることになったのです。週末に郊外の射撃場に出かけ、構え方と撃ち方を習ってから練習を始めたのですが、小生は結構飛翔するクレーを撃墜し、要領はつかめたといい気でおりました。

 そして、本番。3~4人で1組くらいだったと思いますが、何組かに分かれて、組で何皿命中できたかを競う簡単な競技となりました。小生は、全部撃ち落とすくらいの意気込みで臨んだのですが、これがさっぱり当たらないのです。初弾をはずすと、次弾も外し、そのまま調子を崩して、やけくそで撃った数発がたまたま当たった程度の出来でした。

 これは、象徴的な出来事で、実は何かにつけてこういうことが起こります。そして、自転車をこいでいて気付いたことは、本番で失敗するときはいつも妙に硬くなっていること、そしてこのときも、肩に力が入り過ぎるくらいに入っていたのだろうということです。その後、身体論などの本を読んで解ったことですが、人間以外の動物は、その運動中に肩に力が入るということがおよそありません。実に力が抜けた状態で運動しています。最近では、人工的に作られた愛玩用の極小犬などがおかしな動きをしているのを見かけることもありますが、あれは例外というものなのでしょう。恐らく、あらゆる動物の中で、人間だけがよい結果を得ようとして身体中の随意筋に不必要な力を入れ、その反作用として、不随意筋の動きが鈍くなるという結果を来たし、かえって思ったような動きができなくなるのです。

 これを避けるには、とにかく「ここぞ」というときに力を、少なくとも表面の筋肉の力を緩めるつもりになること、そして、呼吸が浅くなっていれば、深呼吸すること、これは、身体だけではなくて、脳みそについても同じことが言えるのではないでしょうか。

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労働協約と労使協定

1.平成23年「労働協約等実態調査」の結果

 厚生労働省は、5年ごとに実施している平成23年「労働協約等実態調査」(前回は平成18年)の結果をまとめ、先月末に公表しています。
 この調査は、労働環境が変化する中での労働組合と使用者(又は使用者団体)の間で締結される労働協約等の締結状況、締結内容及びその運用等の実態を明らかにすることを目的としています。対象は、民営事業所における労働組合員数30人以上の単位労働組合(下部組織がない労働組合)で、平成23年6月30日現在の状況について7月に調査を行い、4086労働組合のうち2597労働組合(有効回答率63.6%)から有効回答を得たとしています。実態調査結果の要点は、以下の通りです。

(1)労働協約の締結状況
労働組合と使用者(又は使用者団体)の間で「労働協約を締結している」とする労働組合は91.4%(前回89.0%)。

(2)正社員以外の労働者への労働協約の適用状況
 ① 労働協約適用の有無
 パートタイム労働者、有期契約労働者ともに前回から増加。
 労働協約があり、その全部又は一部がパートタイム労働者に適用される:41.9%(前回33.5%)
 労働協約があり、その全部又は一部が有期契約労働者に適用される:45.0%(前回42.7%)

 ② 労働協約が適用される事項 【新規調査項目】
 パートタイム労働者に適用される事項(複数回答)は高い順に「労働時間・休日・休暇に関する事項」90.4%、「賃金に関する事項」78.6%。
 有期契約労働者に適用される事項(複数回答)は高い順に「労働時間・休日・休暇に関する事項」93.6%。「賃金に関する事項」79.0%。

(3)労働協約等の運営状況
 ① 人事に関する事項のうち、労働組合の関与の程度が大きい事項は「解雇」45.7%(前回52.7%)、「懲戒処分」43.4%(前回48.8%)。

 ② 組合費のチェックオフ(使用者が組合員の賃金から組合費その他の労働組合の徴収金を天引き控除し、労働組合へ直接渡すことをいう)が「行われている」労働組合は91.0%(前回93.5%)。


2.労働協約と労使協定

 さて、良い機会なので、ここでしばしば混乱する「労働協約」と「労使協定」の定義をおさらいしておきたいと思います。

 まず、労働協約。これは、労働組合と使用者(又は使用者団体)の間で結ばれる労働条件などに関する取り決めのうち、労働組合法に則って締結されたものとされます。具体的には、労働組合による団体交渉によって、労使双方が取り決めた労働条件、福利厚生、災害補償及びその他の事項について署名又は記名捺印した書面です。ここから言えることは、労働組合のない会社の場合、労働協約は存在しないということです。

 そして、労働協約で取り決めた労働条件及びその他の労働者の待遇に関する事項に違反する労働契約は、該当する部分が無効になるという効果があります。また、労働協約の有効期間は3年とされています。

 労働協約が労働組合と使用者(又は使用者団体)の間で結ばれる契約であることから、原則として当事者である労働組合の組合員以外の労働者に適用されることはありません。ただし、一工場事業所に常時使用される同種の労働者の4分の3以上の数の労働者が一つの労働協約の適用を受けるに至ったとき、当該工場事業所に使用される他の同種の労働者に関しても当該労働協約が適用されるといった例外規定があります。

 なお、国家公務員及び地方公務員の労働組合には、労働協約締結権がそもそも認められていません。

 一方、労使協定は、労働者と使用者との間の書面による協定であって、その内容は、労働基準法、育児介護休業法、高年齢者雇用安定法で定められた個々の事項について、労使の合意の下で適用除外を宣言することによって免罰効果を獲得するものといわれています。ここでいう労働者とは、事業場に労働者の過半数で組織される労働組合が存在する場合には当該労働組合、過半数で組織される労組が存在しない場合には労働者の過半数を代表する者を意味しています。

 労働基準法で「労働協約」が必要とされる事項は、賃金の通貨払いの例外としての現物給与だけです。一方、「労使協定」が必要とされるのは、以下の項目です。

(1)任意貯蓄(労基署届出)
(2)賃金の一部控除(社宅使用料、社内預金、組合費等)
(3)1箇月単位の変形労働時間制(労基署届出)
(4)1年単位の変形労働時間制(労基署届出)
(5)1週間単位の非定型的変形労働時間制(労基署届出)
(6)フレックスタイム制(労基署届出不要)
(7)一斉休暇の適用除外
(8)時間外労働及び休日労働
(9)事業場外労働に関するみなし労働時間制
(10)専門業務型裁量労働制
(11)年次有給休暇の計画的付与(5日を超える部分)
(12)年次有給休暇期間中の賃金の支払い方法(準報酬月額方式)
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