パワハラ自殺と労災認定_日研化学事件

 自殺の場合、労災は適用されないことを定めた規定が労働者災害補償保険法にあります。しかし、上司による過度のパワー・ハラスメントが部下の精神障害を発症させ、その精神障害の状況下で自殺に及んだとき、業務起因性を認めて労災を適用するとした東京地裁の判決があります。


1.事案の概要

 医薬品の製造、販売等を行うA社のMR(医療情報担当者)だった男性Bは、平成14年(2002年)春に赴任したC係長から同年秋以降「お前は会社を食いものにしている、給料泥棒」「存在が目障りだ、居るだけでみんなが迷惑している。お前のカミさんの気がしれん、お願いだから消えてくれ」「どこへ飛ばされようと、おれはお前が仕事をしないやつだと言いふらしたる」、「お前は対人恐怖症やろ」、「誰かがやってくれるだろうと思っているから、何にも堪えていないし、顔色一つ変わってない」、「病院のまわり方がわからないのか。勘弁してよ。そんなことまで言わなきゃいけないの」などの厳しい言葉を浴びせかけられるようになっていました。

 Bは、同年末ごろから、うつ病の症状と思われる身体の変調を職場及び家庭内で周囲にも気取られるようになっていました。明けて平成15年になってから、医師からの高額薬品の新規患者の紹介を断る(第1のトラブル)、患者を長時間待たせるなどした謝罪に出向き、医師に対して土下座した(第2のトラブル)、シンポジウムの案内を配布しなかった(第3のトラブル)などのトラブルを続発させ、3月7日に家族や上司に宛てた遺書を残して自殺しました。遺書には上司の暴言が記され、「自分の欠点ばかり考えてしまい」などと書かれていました。

 Bの妻Xは、Bが自殺したのは、A社における業務に起因する精神障害によるものであるとして、Xが労働基準監督署長に対して労働者災害補償保険法に基づき遺族補償給付の支払いを請求したところ、同署長がこれを支給しない旨の処分を下したことにつき、その処分の取消しを求めて提訴したものです。


2.解 説

(1)判決要旨

 東京地裁平成19年10月15日判決では、「Bの心理的負担は、通常の上司とのトラブルから想定されるものよりも重い」と指摘し、Bの自殺に業務起因性が認められるとして、労基署長の処分を取消しました。

 業務起因性の認定について、当判決ではICD-10第V章「精神及び行動の障害」に分類される精神障害の患者が自殺を図ったときには、当該精神障害により正常な認識、行為選択能力及び抑制力が著しく阻害されていたと推定する取扱いが、医学的見地から妥当であると判断されていることが認められているから、業務より発症したICD-10に分類される精神障害に罹患していると認められる者が自殺を図った場合には、原則として、当該自殺による死亡につき業務起因性を認めるのが相当である」として「業務により発症した精神障害→自殺」の場合に正常な認識、行為選択能力及び抑制力が働かない状態での自殺であると推定される限りにおいて、原則として業務起因性を認めるべきであると述べているのです。

 また、本事案で、Bの精神障害発症が業務によるものかという点について判決は、以下の4点を指摘しています。第1は、C係長の発言内容自体がBのキャリア及び人格を否定するもので過度に厳しものであったことです。第2に、C係長の態度にはBへの嫌悪の感情があることです。BがC係長の発言を指導だと受け止め、負荷を軽減するものだったとは到底言い得ません。第3に、C係長がBに対してきわめて直截なものの言い方をしていて、Bへの「配慮」が認められないことです。第4に、A社に対するものですが、Bが直行直帰でこのC係長とたまにファミリーレストランで話をするという「問題があった場合に発見しにくい」状態をA社は放置したために、C係長によるBの心理的負荷を阻止し、軽減することができなかったと認められるとして、A社の管理体制を問題にしています。

 以上を踏まえて、判決では「Bは、平成14年12月末から平成15年1月中に精神障害を発症したところ、Bは、発症に先立つ平成14年秋頃から、上司であるC係長の言動により、社会通念上、客観的にみて精神疾患を発症させる程度に過重な心理的負荷を受けており、他に業務外の心理的負荷や過労の個体側の脆弱性も認められないことからすれば、Bは、業務に内在ないし随伴する危険が現実化したものとして、上記精神障害を発症したと認めるのが相当である」

 「業務に起因して精神障害を発症したBは、当該精神障害に罹患したまま、正常の認識及び行為選択能力が当該精神障害により著しく阻害されている状態で自殺に及んだと推定され、この評価を覆すに足る特段の事情は見当たらないから、Bの自殺は、故意の自殺ではないとして、業務起因性を認めるのが相当である」と結論付けています。

(2)パワー・ハラスメント

 パワー・ハラスメント(以下「パワハラ」という)とは、「職権等を利用して、本来の業務範囲を超え継続的に人格と尊厳を侵害するような言動により、労働者の就業環境を悪化させたり、雇用不安を与えるような行為」などと定義されます。職場でのいじめや差別を総称するものです。

(3)パワハラの違法性判断

 ①上司の部下に対する言動が、業務指導の範囲を超え、言葉自体が過度に厳しかったり、嫌悪の態度を示すなどして、部下の人格及び尊厳を著しく傷つけるものであること。
 ②上司の①の言動がある程度継続していること。
 ③上司の①の言動により部下が感じるストレスが、人生の中でまれに経験することがあるという程度の強いストレスであること。

(4)自殺と労災認定

 労働者災害補償保険法12条の2の2は、第1項で労働者の故意による死亡については保険給付を行わないと規定しています。従って、自殺時に正常な判断能力を有していると認められる場合(遺書を残している場合など)には、「故意」の自殺として業務起因性が否定されると考えられてきました。本判決でも、自殺の数箇月前から遺書が準備されたことなど正常な判断能力があったとも言える事情が存在するにもかかわらず、「業務により発症した精神障害→自殺」の場合には正常な認識、行為選択能力及び抑制力が働かない状態での自殺であると推定されるとして業務起因性を認めるのが相当であるとの判断を下しています。

第12条の2の2 労働者が、故意に負傷、疾病、障害若しくは死亡又はその直接の原因となつた事故を生じさせたときは、政府は、保険給付を行わない。

(5)パワハラと使用者責任

 パワハラが民法上の不法行為と認定された場合、会社については715条の使用者責任が問われることになります。この他、「使用者は、被用者との関係において社会通念上伴う義務として、被用者が労務に服する過程で生命及び健康を害しないよう職場環境等につき配慮すべき注意義務(安全配慮義務)を負うが、そのほかにも、労務遂行に関連して被用者の人格的尊厳を侵しその労務提供に重大な支障を来す事由が発生することを防ぎ、又はこれに適切に対処して、職場が被用者にとって働きやすい環境を保つよう配慮する注意義務(職場環境配慮義務)」を負っています。従って、会社はパワハラ行為が職場内に発生した場合には、これを是正する義務を負っていると考えられますから、この義務を果たしていないと認められる場合、不法行為の使用者責任で行くか債務不履行責任で行くかはさておき、その責任が問われることになります。

2011_@東京上野浅草周辺 009A

通勤手当のどこまでが課税か?

 通勤手当や通勤定期券などは、一定の限度額まで非課税となっています。電車やバスなどの公共の交通機関だけを利用している人と公共交通機関の他にマイカーや自転車なども使っている人の通勤手当などの非課税となる限度額については以下の通りです。

 

1.公共の交通機関だけを利用している場合

 非課税となる限度額は、通勤のための運賃、時間及び距離等の事情に照らして、最も経済的かつ合理的な経路及び方法で通勤した場合の通勤定期券などの金額です。新幹線鉄道を利用した場合の運賃等の額も「経済的かつ合理的な方法による金額」に含まれますが、グリーン料金は含まれません。最も経済的かつ合理的な経路及び方法による通勤手当や通勤定期券などの金額が、1箇月当たり10万円を超える場合には、10万円が非課税となる限度額となります。

 1箇月当たりの非課税となる限度額を超えて通勤手当や通勤定期券などを支給する場合には、超える部分の金額が給与として課税されます。この超える部分の金額は、通勤手当や通勤定期券などを支給した月の給与の額に上乗せして所得税の源泉徴収を行います。なお、通勤手当などの非課税となる限度額は、パートやアルバイトなど短期間雇い入れる人についても、月を単位にして計算します。

 

2.マイカーや自転車などを使っている場合

 マイカーなどで通勤している人の非課税となる1箇月当たりの限度額は、片道の通勤距離(通勤経路に沿った長さです。)に応じて、次のように定められています(平成23年6月30日現在)。

   片道の通勤距離   1箇月当たりの限度額
  2キロメートル未満    全額課税
  2KM以上10KM未満     4100円
  10KM以上15KM未満     6500円
  15KM以上25KM未満    11300円
  25KM以上35KM未満    16100円
  35KM以上45KM未満    20900円
  45KM以上    24500円

 片道の通勤距離が15キロメートル以上の人について、電車やバスなどを利用して通勤しているとみなしたときの通勤定期券1箇月当たりの金額が、それぞれの限度額を超える場合にはその金額が限度額となります。この場合に、利用できる交通機関がないときは、通勤距離に応じたJRの地方交通線の通勤定期券1箇月当たりの金額で判定しても差し支えありません。この場合も、10万円が非課税の上限です。

 

3.公共交通機関の他にマイカーや自転車なども使っている場合

 この場合の非課税となる限度額は、次の(1)と(2)を合計した金額ですが、1箇月当たり10万円を超える場合には、10万円が非課税となる限度額となります。

(1)公共の交通機関を利用する場合の1箇月間の通勤定期券などの金額

(2)マイカーや自転車などを使って通勤する片道の距離で決まっている1箇月当たりの非課税となる限度額

 

(出典:国税庁Web Site「税について調べる」)

パートタイム労働者に対する有休の比例付与など

1.有休の比例付与とは何か

 所定労働日数の少ないパートタイム労働者等に対しても、6箇月継続勤務し、全労働日(所定労働日数)の8割以上出勤した場合、年次有給休暇を与えなければなりません。ただし、所定労働日数の少ない労働者に対しては、その所定労働日数に比例した日数の年休を与えることでよしとしています。これが、年次有給休暇の比例付与ですが、比例付与の対象となる労働者は、次のいずれかに該当する者でなければなりません。

(1)1週間の所定労働日数が4日以下
(2)週以外の期間によって所定労働日数が定められている労働者については、1年間の所定労働日数が216日以下

 注意すべき点は、(1)又は(2)に該当しても、1週間の所定労働時間が30時間以上のときは、通常の労働者と同じ年休を与えなければならない点です。例えば、週4日勤務で1日8時間の所定労働時間である場合、週32時間になりますから、6箇月経過時に付与しなければならない有休の日数は7日ではなく10日となります。また、週5日勤務であっても、月当たりのの労働日数を18日まで減らすことが可能ならば、年所定労働日数が216日となりますので、1週間の所定労働時間が30時間未満であれば、6箇月経過時に付与しなければならない有休日数は7日でよいことになります。

20111118_有給比例付与

 次に、労働条件が変更された場合の付与日数についてですが、基準日における労働条件で判断します。例えば、週所定労働日数が2日の労働者が、丁度6箇月目に週5日勤務に変更になったとき、基準日の時点で週5日勤務であるために年休は10日になります。また、定年後の再雇用では、それまでの労働契約が終了となり、引き続いて新しい労働契約が締結されますが、一旦退職したかどうか、退職金の支給があったかどうかを問わず、「実質的に労働関係が継続」していれば、年休の発生に関しては、継続勤務として取り扱うとされています。一方、退職から再雇用までの間に相当程度の断続期間が見られる場合、年休の計算は再雇用の時点からやり直しとなります。


2.有休取得時の賃金

 ところで、有休取得時の賃金については、以下の3つのうちから選択することが認められています。

(1)平均賃金
(2)所定労働時間を労働した場合に支払われる通常の賃金
(3)健康保険法における平均標準報酬日額

 実務的には、「(2)所定労働時間を労働した場合に支払われる通常の賃金」を使っている場合が多いようですが、少々手間がかかるものの平均賃金を使うこともできます。例えば、時給制で働くパート労働者の時給が1000円、所定労働時間が8時間で月12日勤務とします。この場合、「所定労働時間を労働した場合に支払われる通常の賃金」とした場合、有休取得時の賃金は8000円となります。しかし、平均賃金を有休取得時の賃金と定めた場合には、平均賃金が1000×8時間×12日×3箇月÷総歴日数(90日以上) ≒ 3200円となります。ただし、この金額は、時給制又は日給制などの最低保証額8000×0.6 = 4800円を下回るため、この4800円が有休取得時の賃金となります。

 そうすると、パート労働者の場合、「働けば全額、有休取得の場合6割」となります。しかし、有休取得時の賃金を「所定労働時間を労働した場合に支払われる通常の賃金」から「平均賃金」に変更することは、就業規則の不利益変更とされる可能性があり、労働者に周知した上でその合意を得るなどの事前準備が必須になります。


3.退職前の有休一括請求への対処

 退職を申し出た者が、退職前に残りの有休の全ての日数分を取得して退職する場合、引継ぎなどのための時間が取れなくなって、業務の継続に支障をきたすことがあります。しかし、この場合には、労働者の有休請求に対して、会社が唯一行使できる時季変更権を行使することが実質的にできない状態になります。

 そこで、退職申出者と事前に交渉して退職した後に有休の買上げを約してしまうことが考えられます。すなわち、有休の買上げは原則として認められていませんが、退職後であれば、権利が消滅しているため本来の有休は残っておらず、あるとすれば退職時まであった有休取得権の残滓のようなものがあるだけで、これを買上げたとしても何ら違法ではない、と考えられるのです。また、有休取得の場合には、前述の通り「所定労働時間を労働した場合に支払われる通常の賃金」などを支払わなければならないわけですが、買上げの場合には、支払額についての定めはないので、当事者間で協議して決めることも可能になってきます。

割増賃金の計算方法

1.割増賃金計算の基準となる時間給

 通常の時間外手当、すなわち、法定の労働時間を超えた労働時間に対する割増賃金が2割5分増しということは、どなたでもご存じのことでしょう。たとえば、時給が1000円の労働者がいたとします。この労働者が1日8時間の所定労働時間のところ、9時間働いたとします。もちろん36協定が締結されているということを前提として、この場合は1250円の残業手当を支払うことになりますが、その内訳は1000円の追加賃金及び250円の割増賃金ということになります。ということは、この会社の所定労働時間が仮に1日の7時間だったとすると、同様に9時間働いた場合、2時間分の追加賃金2000円及び1時間分の割増賃金250円で、残業手当は2250円ということになります。

 ところで、賃金が年俸制、月給制、日給制又は時間給制のいずれの形態をとっていても、割増賃金は全て1時間当たりの単価に換算して算定しなければなりません。日給制及び時間給制の場合には、比較的話は簡単です。しかし、年俸制及び月給制の場合、次のような計算を行って1箇月平均の所定労働時間を算出した上で、その従業員の時間給を算出する必要があります。

年俸制及び月給制労働者の1時間当たりの単価 = その労働者の月給額 ÷ 1箇月平均の所定労働時間数

1箇月平均の所定労働時間数 = (365 - 年間所定休日日数) × 1日の所定労働時間数 ÷ 12(小数点第3位以下切り捨て)

 完全年俸制又は完全月給制であっても、遅刻・早退・欠勤等が有った場合は、当然にその時間分の賃金を所定の賃金から控除することができます。

 年間賞与分を含めた年俸制を採用している場合、その賞与分も割増賃金の算定対象賃金とみなされます。これは、労働法では予め年間支給額が確定している賞与は、例え1年間に1~3回に分けて支払われるものであっても賞与とはみなされないからです。

 このとき、割増賃金の算定の対象から外される諸手当があります。言い換えると、以下の7手当以外は、割増賃金算定の対象から除外することはできません。周知のことですが、念のため以下に挙げておきます。

(1)家族構成に応じて支給可否と支給額が決定される家族手当及び子女教育手当
(2)交通費実費又は通勤距離に応じて支給額が決定される通勤手当
(3)単身赴任者のみに支給される別居手当
(4)家賃(又は住宅ローン)の額等に応じて支給可否と支給額が決定される住宅手当
(5)支払期間と計算期間の両方が1箇月を超えている手当(賞与など)
(6)子女教育手当
(7)臨時に支払われた手当(結婚手当、私傷病手当、加療見舞金など)

 また、定額残業手当を支給している場合の割増賃金の扱いについては、毎月労働時間を正確に管理し、毎月不足額を精算しなければならない点において通常の残業制度をとった場合と大差はないということですが、詳細については以前掲載しました記事 定額残業手当をご参照ください。


2.割増賃金計算における端数処理

 割増賃金の計算をする際、給与計算を合理的に行うことを目的に以下のような処理をすることが認められています。

(1)1箇月における時間外労働、休日労働、深夜労働のそれぞれの時間数の合計に1時間未満の端数がある場合は、30分未満を切り捨て、30分以上を1時間に切り上げること。
―――例えば、1箇月の時間外が10時間25分であった場合10時間とし、10時間35分であれば11時間とすること。

(2)1時間当たりの賃金額及び割増賃金に円未満の端数が生じた場合は、50銭未満の端数を切り捨て、それ以上を1円に切り上げること。
―――例えば、割増賃金計算の基となる1時間当たりの単価が1250.4円のときは1250円とし、1250.6円のときは1251円としてよいということ。

(3)1箇月における時間外労働、休日労働、深夜労働のそれぞれの割増賃金の総額に、1円未満の端数が生じた場合は、50銭未満の端数を切り捨て、それ以上を切り上げること。


3.年次有給休暇中の賃金

 同じ類の話ですが、年次有給休暇を取得した日の賃金の算定については、以下の3つのうちから1つを選択し、就業規則等に記載しておかなければなりません。従って、一旦決めたら事業主が恣意的に使い分けることはできません。実務的には、「(2)所定労働時間を労働した場合に支払われる通常の賃金」を使っている場合が多いようです。

(1)平均賃金
(2)所定労働時間を労働した場合に支払われる通常の賃金
(3)健康保険法における平均標準報酬日額

 また、(算定事由発生日以前の3箇月間に支払われた賃金総額)÷(3箇月間の総歴日数)で求められる平均賃金が使われるは、(1)解雇予告手当、(2)休業手当、(3)年次有給休暇中の賃金を平均賃金と定めた場合、(4)災害補償、及び(5)減給制裁の制限額を算定する場合の5つです。

「なぜうつ病の人が増えたのか」を読んで

 産業領域のメンタルヘルスを専門にしている精神科医、冨高辰一郎氏の「なぜうつ病の人が増えたのか」を読んでみました。


1.鬱病患者が近年急増している真の原因は何か

 我が国では、現在右肩上がりで鬱病患者が増えているようです。厚生労働省によれば、1999年からの6年間で、病院に通院する鬱病患者は、約2倍に増えたそうです。その患者数は100万人を超えたと言われ、国家公務員の心の病による休職はこの10年間で3倍以上に増加し、その休職病名として7割を占めているのが鬱病なのだそうです。

 このような、鬱病患者急増の理由について、「バブル崩壊後の日本経済の停滞、終身雇用の終焉により社会不安が増大した。また、グローバル競争の激化、ITの導入、非正規雇用の増加により労働者のストレスが増加した。こういった日本社会の変化を背景として、近年鬱病が増加している(ストレス仮説)」と説明され、小生もずっとそういうことなんだろうと思い込んでいました。

 しかし、冨高氏はこの通説に疑問を提示し、その疑問を検証することから始めて、通説とは異なる一つの意外な結論に行き着きます。それは、1999年のSSRI(選択的セロトニン再取り込阻害薬)の市場導入に伴って、製薬会社の鬱病に関する啓蒙活動を含むSSRIという新薬のプロモーション活動が実に活発に行われたということです。我が国で起きた新薬SSRIの市場導入及びそれと軌を一にして起こった鬱病患者の急増という現象は、我が国におよそ10年ほど先駆けて英米を始めとする欧米先進国で共通に見られる現象であったことを筆者は指摘されています。

 いうまでもなく、利益率の高い新薬は、製薬会社にとって魅力的な商品です。我が国おいては、世界第2位の巨大製薬会社GSKが販売しているパキシルが2007年時点で、抗鬱薬市場の2分の1を占める年間500億円を売り上げています。それまで、日本の抗鬱薬の市場規模は全体で年間170億程度だったというのですから、パキシルはGSKにとってビジネス上の大成功事例ということになります。パキシルの市場導入に当たってGSKは、鬱病に関する啓蒙活動として次のようなメッセージをあらゆる手段を駆使して市場に発信しました。

(1)鬱病は、誰でも罹り得る病気です(不安の喚起)。
(2)鬱病は、適切な治療で治る病気です(希望の提示)。
(3)鬱病は、早期の受診による治療が重要です(具体的な行動喚起)。

 このような社会への啓蒙活動と精神科医への売り込みが、莫大な費用をかけて大々的に行われれば、どのようなことが起こり得るか、想像することができます。その中で、冨高氏の次の指摘は実に的を射たものであると思えました。

 「現在世界中で使われているDSM-Ⅳのような操作的診断基準では、うつ病を症状レベルに分解して、それぞれの症状(抑うつ気分、意欲のなさ、睡眠障害等)の有無を本人に確認することによって診断を行う。しかし、そういった症状があるかどうか答えるのは、患者自身なのである。うつ病への意識が高い人は、当然うつ病の自覚症状への関心も強くなるし、自覚症状を認めることにも抵抗がない。結果として、うつ病への認識が高い社会ほど、うつ病と診断される人が多くなるだろう。

 そう考えると仮に精神科医から『うつ病』と診断されてたとしても、必要以上に落ち込む必要はない。軽症うつ病と病気でない憂うつとの境界は連続的なものであり、どこからうつ病と判断するかは、本人の認識の強さや精神科医の受け取り方によって大きく左右される。さらに、うつ病と診断されたとしても、その程度や経過は様々であり、2~3箇月で自然に治って一生再発しないようなうつ病も多いのである。」

 さらに、筆者は、「SSRIが従来処方されてきた抗鬱薬に比べて、本当に効果が高いのか、本当に副作用は少ないのか」といった点についても考察した上で、軽症の鬱病に抗鬱薬はそれほどの効果がなく、自然に回復する患者も多いことから、薬物療法を原則としていて、しかも多剤併用療法である我が国の鬱病治療の一般的なあり様に疑問を呈しておられます。


2.メンタル休職者への対策

 とはいっても、ここ数年鬱病罹患者は急増し、それに伴ってメンタル休職者も放置できかねるほど増加する傾向にあることは確かです。増え続けるメンタル休職者への具体的な対応策は、我々社会保険労務士も準備をしておかなければならない問題です。

 厚生労働省は、2002年に発表した「事業場における労働者の心の健康作りのための指針」において、一次予防―病気自体の予防―、二次予防―病気を早期に発見し、早期治療を行うことによって病気の経過を改善すること―、三次予防―病気が発生した場合に行われる専門的治療、リハビリテーション、再発予防―、それぞれの視点から心の健康対策に取り組むことを勧めています。

 しかし、現在職場で行われている予防対策は、厚労省の調査によれば、相談体制の整備(59%)、労働者への研修及び情報提供(49%)管理監督者への研修及び情報提供(35%)と二次予防が中心になっています。また、平成18年(2006年)の改正安全衛生法でも「過重労働による健康障害防止対策」として時間外労働が1月当たり100時間を超える労働者については、医師による面接指導が義務付けられましたが、これも二次予防の視点からの対策ということができます。

 二次予防の強化ということは、メンタル休職者の入り口を拡げたということを意味し、出口である三次予防を強化しない限り、メンタル休職者の増加傾向に歯止めをかけることが不可能なことは、考えてみれば当たり前のことです。それでは、三次予防、すなわち、復職支援やリハビリテーションを強化するとは、具体的には一体何をすればよいのかという点が重要になってきます。

 リハビリテーションとは、具体的に何をすることなのか、筆者は次のように解説しておられます。

(1)「休養が大切」、「励ましてはいけない」及び「問題を棚上げにする」ことが必要な急性期からは、中程度の鬱病の場合でも、1~2箇月ほどの自宅療養である程度回復する(=症状が和らぐ)ことが多い。

(2)ある程度回復した(=症状が和らいだ)ら、まずは短時間テレビを見たり、漫画を読んだり、自宅で好きなことをしてみる。続いて、家事をしてみたり、散歩をしたり、なるべく規則正しい生活に戻してゆくようにする。さらに、図書館に行って本を読んでみたり、PCを使って調べ物をしてみたりしてみる。問題なければ、駅やモールのような人出の多いところに外出したり、買い物をしたりしてみるといった具合に、小さな目標を作ってそれらを少しずつ達成してゆく。

(3)病気の影響下にあるという意識が長く続くと、自分の行動や考え方は自分で選択できるという感覚が落ちてくるので、自信ないしやる気を取り戻すために、自分で少しずつ行動し始めることが大切になってくる。

(4)同じような境遇の仲間と効果的に上記のようなリハビリテーションを実施できるという意味では、復職のための専門施設を利用することが考えられる。施設の照会は、精神保険福祉センターなどで行うことができる。

(5)家族は、鬱病患者に対して、何か積極的に助言するというよりは見守るぐらいでよい。あまり家族が心配し過ぎると患者の負担になるし、家族の負担も大きくなるので、普通どおりの接し方で十分。