鬼平とテロ等準備罪

 ご案内の通り、今月15日に「テロ等準備罪」を新設する改正組織犯罪処罰法が国会で可決成立しました。同法は、テロ集団や暴力団など犯罪を目的とする「組織的犯罪集団」を対象とし、2人以上で殺人など重大な犯罪の実行を計画し、少なくとも1人が現場の下見や資金調達といった準備行為に取りかかった段階で、計画に合意した者全員を処罰するというものです。適用される重大な犯罪として277の罪状が特定されています。

 ところで、浅草社労士は、ここのところ仕事の合間に池波正太郎著「鬼平犯科帳」を愛読しています。鬼平犯科帳とは、18世紀の天明から寛政時代にかけ、長きにわたり火付盗賊改めの長官(お頭)を任され、鬼の平蔵の通称で江戸に暗躍する悪党たちを震え上がらせた長谷川平蔵宣以(のぶため)を主人公とする時代小説です。浅草は、作家池波正太郎氏の生誕の地であり、平蔵が日常的に見回りを行った舞台の一部でもあるため、浅草社労士としては鬼平に近しい氣持ちをずっと抱いておったのですが、あるきっかけで台東区立中央図書館内に設置されている池波正太郎記念文庫に足を運び、文庫本を借りて読み始めたというわけです。

 長谷川平蔵が火盗改め長官の任に就いていた時期は、天明の飢饉、寛政の改革(緊縮財政)などと重なり、太平を謳歌していた江戸の町にも凶悪犯罪が比較的多く発生するようになっていたと想像されます。火付盗賊改めというのは、奉行所という当時の司法、警察制度の外にあって自由自在に活動することをゆるされた「特別警察」ともいえる存在で、ともすれば、めんどうな手続きにしばられている町奉行所よりも迅速に容疑者を捕らえることが多かったと池波氏は書いておられます。
 
 ここで注目すべきは、平蔵長官の捜査方法が、容疑者への拷問あり、「おとり捜査」ありで、「予備罪」などは当然のごとく適用して事件を未然に防ぐことを善しとしていることです。現代社会では許容されない行き過ぎた警察権の行使なのですが、平蔵流の高潔な倫理観と清濁併せ呑む卓越した人柄(註1)によってしっかりとたがが締められているためか、それほどの違和感は感じずに物語を読み進められるのは、時代小説の利点といったところでしょうか。

 平蔵長官は、配下の同心・与力たちに加え、多くの密偵を使って捜査を行いますが、彼等の多くは長官の眼鏡にかなった元盗賊だったりします。自らお縄にした盗賊の中で、これはという盗賊を自分に命を預けることを条件に密偵にするというのは、現代の「司法取引」(註2)のようなものでしょうか。彼等を使って「おとり捜査」を含む聞き込みを行います。平蔵は、部下の与力・同心はもとより、密偵達に対しても実に人情味あふれる接し方を貫き、各人の能力を最大限に引き出しています。こういった手法を用いている以上、長官としての彼の責任は重大なのですが、「盗賊や凶悪な男どもを相手に、これを捕らえるというよりも、闘うといったほうがよい特殊なお役目であるし、そればかりでなく、役目柄、独断の指揮をとることが多く、その結果、責任を一身に引き受け、いざとなれば腹を切って自決する覚悟も必要であった。」(「白い粉」より)ということで、部下の重大な失態に関しては、何時でも腹を切って責任をとると覚悟を決めていたのです。

 長官の手足となって働く部下や密偵の採用に関しては、人を心服させる器の大きさがものをいいます。平蔵の人格形成の半分以上は、若き日の本所界隈で無頼者の中に身を投じ、「飲む、打つ、買う」のすさんだ日々を送り、思いがけず様々な経験を積んだことによるようです。妾腹に生まれた平蔵は、正妻である義母からひどい扱いを受けていたため、実家に寄り付かず「本所の銕(てつ)」と呼ばれるならず者で通っていましたが、剣術の稽古だけは熱心で、筋もよかったため、免許皆伝の腕前ということになっています。

 人の採用に関しては、一人で時代劇の主人公のような人生経験はなかなかできるものではありません。良い人を採用するためには、当然その組織が目指す方向性を打ち出す必要がありますが、その上で様々な人の目を通して最終的な決定を下すのがよりよい結果につながるのではないかと思われます。これは、我が国の伝統でもある「万機公論に決すべし」にもつらなる考え方です。スピード経営がとかく強調されがちな昨今ですが、人の採用だけは時間をかけて慎重にということと、どんな制度も上に立つ人の人格に依るところが大きく、だからこそ上に立つ人の責任は須くとてつもなく重いものにしなければならない、というようなことを考えながら愛読している鬼平犯科帳なのでした。

(註1)当時の刑事政策ともいえる人足寄場の設置を提案し、設置後の運用にも当たっています。人足寄場の設置以前には、無宿の隔離及び更正対策として佐渡金山への水替人足の制度がありました。しかし、水替人足は非常に厳しい労役を強いられるものであり、更生というより懲罰という側面が強かったため、犯罪者の更生を主な目的とした収容施設を作ることを火付盗賊改方長官である長谷川宣以(長谷川平蔵)が松平定信に提案し、人足寄場が設置されたのです。

(註2)裁判において、被告人と検察官が取引をし、被告人が罪を認めるか、あるいは共犯者を法廷で告発する、あるいは捜査に協力することで、求刑の軽減、またはいくつかの罪状の取り下げを行う制度。司法取引の結果として軽減された検察官の求刑に裁判所が法的に拘束されるわけではなく、求刑以上の量刑を行うことも可能ですが、司法取引の刑事政策上のメリット、当事者主義の理念から裁判所は司法取引の結果を尊重することが多いとされています。被告人による罪状認否の制度が存在する英米法の国家で可能になる制度であり、アメリカ合衆国では、刑事裁判の大部分で司法取引が行われています。
我が国では司法取引は認められていません。しかし、司法取引を認めるべきとの声はあり、導入に向けた動きが出て2016年5月に改正刑事訴訟法が成立、2018年までに施行される見込みのようです。

  

産業医の権限強化へ

 地味なニュースですが、過重労働などによる体調不良やメンタル不調など重要課題に対処していく方策の一環として、産業医の役割がより機能的になるよう見直しが行われているようです。(1)産業医の事業所巡視義務を事業主が同意すれば、月1回から2月1回とすることができる、(2)事業主に対して健康診断結果に関する産業医への情報提供を義務化する、(3)事業主に対して1月当たり100時間を超える労働者に関する情報提供を義務化する、の3点は6月1日から施行されています。

 日本経済新聞電子版によれば、厚生労働省は長時間労働や過労死を防ぐため、2019年度にも企業で働く産業医の権限を強化し、企業に対し、過重労働を抑えるためにとった対策を産業医に報告するよう義務付けたり、選任した産業医を安易に解任できない仕組みを設けたりする、とのことです。


=== 日本経済新聞電子版 平成29年6月18日 ===

 現行法では従業員50人以上の事業所に対し、産業医の選任を義務付けている。産業医には従業員への面接指導のほか、職場を月1回は巡回することなどが求められている。ただ企業との連携が進まず、働き過ぎを防げていないとの指摘もある。厚労省は産業医の指導の効果を高めるには、企業の対策や従業員とのやりとりを一定程度、把握する必要があるとみる。

 そこで企業には産業医との情報共有を促し、就業時間の削減や配置転換など講じた手立てを報告させる。産業医は企業の報告や情報をもとに従業員と面談する。対策を講じない企業には説明責任を果たすよう求める。今は企業と産業医がそうした情報を交換する規定がない。

 産業医が意見を言いやすい環境もつくる。企業が産業医との契約を打ち切るときはその理由を労働組合側に知らせる。企業に都合の悪い指摘をした産業医を簡単に解任できないようにする狙いだ。

 産業医の権限強化は、政府が進める働き方改革の一環。病気と仕事の両立やメンタル不調の改善で産業医が果たす役割は大きいとしている。残業時間の上限規制や正社員と非正規の不合理な待遇差をなくす「同一労働同一賃金」などと合わせ、今秋の臨時国会に関係法案を提出する方針だ。

=== 転載終わり (下線は浅草社労士) ===

20170511_高知旅行@龍馬空港

HISを違法残業の疑いで書類送検

 政府の働き方改革実現会議の初会合が開催されたのが、昨年9月27日のことでした。政府が働き方改革の方針を明確に打ち出したのを受けて、今年は働き方改革の元年ともいえる年になりました。大企業の労働基準法違反を伝える記事も昨今目につきます。初会合の席で有識者議員から議論されるべき課題として提案された9項目の第3番目、「長時間労働の是正」については、労働者の疾病を引き起こしたり、自殺に至る場合も報告されるなど、喫緊の課題といえます。一方で、欧米社会などで歴史的に普通に見られたような奴隷制度が存在しなかった我が国では、労働を尊いものとする伝統があり、まだまだ仕事が好きだから長時間労働をしているという風潮や氣質も残っていて問題はなかなか複雑です。絶え間ない業務の改善と必要な設備投資をすることで、業務の効率化を図ってゆくことが解決策の一つではないかと嘯くだけならば簡単なことなのですが...。

 6月14日の日経電子版によれば、東京労働局は大手旅行業のHISとその労務管理を行っていた幹部を2人の社員に労使協定の上限を超える時間外労働をさせていたとして書類送検したとのことです。 送検容疑は40代の女性社員に2015年8~9月、20代の女性社員には同年6~7月に労使協定の上限を超える違法な時間外労働をさせた疑いです。40代の女性の時間外労働は最長で1月あたり109時間30分、東京労働局は昨年3月に任意で立ち入り調査を行い、同年7月に強制捜査に切り替えて労務管理に関する資料を分析してきました。

 また、HISは2010~14年度の5年間に違法な時間外労働で合計10回以上の是正勧告を労働基準監督署から受けており、1つの事業所で10人以上の社員が100時間を超える時間外労働に従事していた事案もあったようです。

 旅行会社というのはどうも労働集約的体質の業界のようで、しかも夏休みなど季節的に繁忙期がやってくることが容易に想像できます。大手のHISといえども、1月100時間を超える残業が常態化して、労働局から監視対象になっていたようです。

20170511_高知旅行@往路

民法120年ぶりの大改正

 浅草社労士は、こう見えて大学では民法財産法を専攻したのでした。しかし、今日では、債務不履行や不法行為などといった特定分野について、必要に応じて勉強しなおすことはありますが、今回の大改正をしっかりとフォローしていたとは、お世辞にも言えない体たらくでした。民法は、労働法を始め、あらゆる法令に関係してくる基本法の一つです。社労士もしっかりとフォローしておくべき分野だと改めて思います。

 5月26日日本経済新聞電子版によれば、「企業や消費者の契約ルールを定める債権関係規定(債権法)に関する改正民法が26日午前の参院本会議で与野党の賛成多数で可決、成立した。民法制定以来、約120年ぶりに債権部分を抜本的に見直した。インターネット取引の普及など時代の変化に対応し、消費者保護も重視した。改正は約200項目に及び、公布から3年以内に施行する。」とのことです。

 改正の柱の一つが、当事者間で特に利率を定めていない際に適用される「法定利率」の引き下げで、現在は年5%で固定されている法定利率が年3%に引き下げられます。法定利率は、交通事故の損害賠償額の算定などに使われているものです。

 インターネット通販など不特定多数の消費者と同じ内容の取引をする場合に事業者が示す「約款」の規定も新たに設けられ、消費者の利益を一方的に害する条項は無効になります。長文で細かい約款をほとんど読まずに契約したことによるトラブルで泣き寝入りする事例を減らす狙いがあるようです。この改正は、消費者保護の観点から必須だったのではないかと浅草社労士も納得できます。昔から、生命保険の約款などはなかなか読まれないという問題はありました。しかし、今日ではインターネットを使って何か商取引をしたり、オンラインバンキングを利用したりするという機会が激増しています。そういうときに必ず登場するのが、取引約款等の契約書に同意しますかという問いかけですが、あれを隅から隅まで読んでから同意をクリックしている人が一体何人いるのか、考えたこともありませんでした。そもそもマイクロソフト社が提供している基本OSの類も、使用に当たって何かに同意させられていたような氣がしないでもありません。

 連帯保証人制度でも、個人の保護が進められ、中小零細企業への融資などで、第三者が個人で保証人になる場合、公証人による自発的な意思の確認を必要とするようになります。このほか、賃貸住宅の退去時の敷金を原則として返還するルールが設けられるなどの改正が行われます。

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残業時間公表を大企業に義務付け

 政府の働き方改革に呼応した厚生労働省の次の一手は、「大企業に残業時間の公表義務を課す」ということのようです。働き方改革実現会議の初回会合は、昨年9月27日に開催されておりますが、そこで提案された論点9項目の第3番目が、「時間外労働の上限規制のあり方など長時間労働の是正」でした。厚労省は、2020年にも従業員の残業時間の公表を大企業に義務付けることとしており、企業は月当たりの平均残業時間を年1回開示するよう求められ、従わなければ処分を受けるとのことです。

 新たな規制は労働法制では大企業とみなされる従業員数301人以上の約1万5千社が対象とされ、従業員300人以下の中小企業については罰則を伴わない「努力義務」にとどめる方向です。対象企業は厚労省が企業情報をまとめたデータベースや企業のホームページで年1回開示する。虚偽が疑われるような情報しか出さない企業にはまず行政指導を実施、悪質な場合には最大20万円のペナルティーを科す。正社員と非正規社員を分けるかどうかなど詳細な仕組みの議論を労働政策審議会(厚労相の諮問機関)で来年から始めることになっています。

 厚労省では、残業時間を公表することで、企業が業界他社を互いに意識し合ったり、時間外労働を減らす新たな動機づけになったりすると見ています。また、学生が就職活動で企業を選ぶ際の判断基準になるとも期待しています。なるほど、大企業でも、ブラック度が外部に透け透けになってしまうというわけです。

 ただ、企業にとっては労務管理の事務が増えることになり、残業時間を他社と並べて相対的に比べられることへの心理的な抵抗感もあるため、労政審では経営側から慎重論も出されることが予想されます。従業員の平均値を年1回示すだけなので細かな労働実態をつかみにくい面もあり、経営者の理解を得ながら実効性ある仕組みをつくれるかどうか問われることになりそうです。

 また、こんなクオータ制のようなことまでやるのかというのが、厚労省は制度導入へ女性活躍推進法の改正を視野に入れてやっているという点です。同法の改正が残業時間の公表とどういう関係があるのかは今一つ不明ですが、採用時の男女別の競争倍率や月平均残業時間の公表などを求めていくということのようです。残業時間などについては公表を義務に切り替え、法改正が必要な場合、2019年の通常国会に関連法案を提出する方針とのことです。

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